女装モデルと三大美少女

 どうして多々良さんと桜坂が一緒に話しているのか?

 まさか、この状況で桜坂が多々良さんを見つけて声をかけた……もしくは、多々良さんの方から可愛い桜坂に話しかけたのだろうか?

 いずれにせよ、この状況はマズい―――


(……よし)


 トンズラするか。


「待ちなさいよ」

「ぐぇっ!」


 そう思って背中を向けた矢先にパーカーの首根っこを掴まれ、女性らしくもない間抜けな声が出てしまう。

 早い、まだ多々良さんの視界に俺が入っていなかったというのに。


「一緒に出掛けるって話だったのに回れ右ってどういうことよ?」

「た、立て込んでいるかと思いまして」

「待つ気を感じさせないぐらい、進行方向が完全に駅だったのだけれど」


 願わくば、このまま帰らせてほしかったとは思っていた。

 あとで適当に用事が入ったので行けなかったです、と。

 とはいえ、こんな状況になってしまえば今更回れ右して多々良さんから逃れることは難しそうだ。

 俺はキャップを深く被って、多々良さんに耳打ちをする。


「(っていうか、なんで俺のクラスメイトと話してるんっすか!?)」

「(あら、あの子はあなたのクラスメイトだったの)」

「(そうですよ、さっき俺が言ってた!)」

「(なるほど……それは悪かったわね。あなたのことで声をかけられちゃって、つい)」


 自分のファンではないから警戒しないで話したのだろうが、本人が傍にいることを完全に失念されていらっしゃったようだ。

 その割には申し訳なさそうな表情が一切見受けられない。不思議だ。


「あ、あのっ!」


 そんなヒソヒソ話をしていると、後ろから声をかけられる。

 見知った声だったからか、思わずその声に背中を跳ねさせてしまった。


「yukiさんですよね!?」

「う、うん……そう、ですけど」


 こんな状況でも物応じずに話しかける度胸。

 流石は三大美少女といったところだろうか? それとも、それほどまでにyukiと話したかったのか?

 いずれにせよ、ここまで来て逃げられはしないだろう。仮に「今仕事中だから」などと言ってあしらえば、往来も見ている状況だと評判が下がりかねない。

 俺的には下げても構わないが、それによって色々な人に迷惑がかかると考えるとどうしても難しい。

 とりあえず、バレないようyukiとしてのいつも通り喋り方に変えないと。


「と、突然話しかけて申し訳ございません! どうしてもyukiさんと話してみたくて……それと、を……」


 お礼? 何をやったのだろうか?

 この格好で会うのは今が初めてだっていうのに。


「ごめんなさいっ! 本当に失礼は承知だったんですけど」

「いや、そんなに畏まらないでも……同い歳だし、もうちょっと気楽に―――」

「えっ?」


 俺が言いかけた瞬間、桜坂が首を傾げる。


?」

「ッ!?」


 しまった……俺が知っているのはクラスメイトだからであって、クラスメイトではないこの格好では桜坂の年齢を知っているのはおかしな話だった。

 俺はとりあえず、失言を取り消すためにすぐ口を開く。


「パ、パッと見がね……同じぐらいかなーっと」

「なるほど!」


 瞳を輝かせて真っ直ぐにこちらを見る桜坂。

 美少女に見つめられる現状は男として嬉しいはずなのに、先程から冷や汗が止まってくれない。


「yukiさんって、意外とハスキーな声なんですね! でも、それが余計にかっこいいというか、雑誌や写真で見るよりも何倍もかっこいいと言いますか!」

「ちょっとぐらいは可愛いもあると思います」

「あなた、どこで張り合ってるの?」


 しまった、つい口が勝手に。


「随分と熱狂的なのね。あなたも、モデルをしていてもおかしくないぐらい可愛いのに」

「そ、そんな……私なんて多々良さんやyukiさんの足元にも及びませんよ」


 いや、正直容姿だけなら俺どころか多々良さんにも負けていないと思う。

 もっと可愛さを前面に押し出してメイクとコーディネートをすれば今以上に跳ね上がるに違いない。

 そうすれば、更にうちの教室へ押しかける生徒が増えるだろうが。


「私、異性にはあまり興味がないんですけど……王子様って感じのyukiさんにはかなり興味があって、お付き合いしたいって思うほどそのかっこよさに惹かれています!」

「…………」

「多々良さん、目が怖いです」

「今だって目立たないよう控えめにしているはずなのに、ハイトーンのパーカーにキャップといったボーイッシュな恰好が最高に似合ってます!」

「…………」

「だから、目が怖いです」


 何故、そんな鋭い瞳を向けてくるのだろう。

 桜坂さんの発言が本心なのであれば、俺はもはや眼中にない存在なのに。


 しかし、そんな多々良さんの瞳に気づいていないのか、桜坂は徐に手を差し出してきた。


「あ、あのっ! 握手、してくれませんか?」

「……それぐらいなら」


 あまり長話されて勘付かれても困るし、握手して引き下がってくれるならしてあげるべきだ。

 そう思い、俺は桜坂さんの手を握り返す。柔らかい感触が手に広がり、思わずドキッとしてしまった。


「……今思ったんですけど」


 その時、桜坂がふと口を開いた。


「yukiさんって、

「ッ!?」


 そして、今度は別の意味でドキッとしてしまった。

 声のトーンを少し変えて、メイクだって男だと思われないようしっかり気合いを入れてもらったというのに。


「んー……もしかして」


 ドクン、と。桜坂に心臓の鼓動が伝わってしまうぐらい、心臓が跳ね上がる。


「yukiさんって、まさかくん―――」


 そう口にした瞬間。

 唐突に桜坂さんの背後をダッシュで横切ろうとした人影が視界に入った。

 だから、俺は咄嗟に桜坂さんの腕を引いて彼女の体を寄せる。


「危ないな……女の子が転んで怪我をしたらどうするつもりだったんだ」


 桜坂さんと話していて忘れていたが、ここは往来だ。

 通行人もいるわけだし、あまり立ち話をする場所ではない。

 何やらヤバいところまで勘付かれてしまったことだし、これ以上踏み込まれる前にさっさと話を切り上げて多々良さんとどこかに行こう。

 けど、先に思わず抱き寄せてしまった桜坂だ。

 咄嗟とはいえ、女の子に対してかなり軽率な行動だっただろう。


「大丈夫か?」


 引き寄せてしまった桜坂さんの顔を覗く。

 すると、何故か端麗で可愛らしい顔は真っ赤に染まっており―――


「ひゃ、ひゃい……」

「ん?」


 ―――何故か俺の胸元で、熱っぽい視線が注がれたのであった。

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