それから
あれから、楪はやめることなく生徒会選挙のための演説を行っていた。
『皆様、是非とも楪奏をよろしくお願い致します』
予想通りと言うべきか、本番の全校集会での演説を控えているというのに、楪が立つ場所には多くの人集りが。
恐らく「三大美少女を一目見てみたい」という他学年や他クラスの生徒もいるだろうが、それでももう一人の候補者とは比べ物にならないぐらいの人気っぷりである。
ちなみに余談ではあるが、楪達に向けられた陰口は鎮静化を迎えつつあった。
それは陰口を広めていた演説者が候補者と一緒に謝って回っていったり、周囲の楪をよく思っていた人が否定していったというのが大きいだろう。
おかげで、不快な陰口を耳にすることはほとんどなくなった。とはいえ、楪達は陰口を言った人を覚えていたらしく、露骨に距離を取り始めたのだが。
そりゃ、陰口を言っていた人間と仲良くなろうとは思えないだろう。当然と言えば当然である。
『皆さん、投票よろしくお願いしまーす!』
『お願いします』
演説が終わりかけた頃、幾田と桜坂が作ったビラを配り始めた。
こうして見ていると、三大美少女が勢揃いしている光景はどこか輝いているような気がする。これが人が集まる理由? 魅力? なんだろうか。
しばらく人集りは残り続け、ついに持っていたビラがなくなってしまった頃に、ようやく人がいなくなっていく。
そのタイミングを見計らって、俺は三人に近づいた。
「お疲れ、三人共」
「なんだ、いたんだ」
先に気づいた幾田が片付けをする手を止めてこちらを見る。
気づいていないのも当然だろう。ずっと人混みの後ろの方で見ていたのだから。
「りーんどうーくーんっ!」
「ぐふっ!?」
近づいたちょうどその時。俺の側面から強烈なタックルを食らった。
当然、誰がやったのかなど声ですぐ分かり───
「労いに来てくれたの!?」
「そ、その前に謝罪が先だろう……ッ!」
いくら相手が女の子とはいえ、身構えてもいない状況で勢いよく抱き着かれると辛い。
思わず額に青筋が浮かんでしまうぐらいには、ダメージが凄かった。
「意外と、竜胆くんが来てくれたの初めて? めっちゃ嬉しいんだけど!」
「ちょっと、久遠。早く竜胆から離れなさい。竜胆がばっちくて困ってるでしょ」
「ばっちぃ!?」
ばっちくはないが、人目がある場では離れてほしいというのは同意だ。
というより、異性で可愛い女の子に抱き着かれるのは慣れていないから、あまりしないでほしい。
「まぁ、幾田の言う通りだ。ばっちくはないが、女の子なんだから慎みを持て」
「(……しゃーない、竜胆くんへのアピールはこれぐらいにしとこ)」
「なんだって?」
「なんでもないでーす」
桜坂が俺から離れながらそっぽを向く。
何か気に触るようなことをしただろうか? めちゃくちゃ物理的に触られはしたのだが。
そう思って首を傾げていると、ふと視界に背中を向けて校舎へと入ろうとしている楪の姿が映った。
「おーい、楪ー!」
「ッ!?」
声をかけただけなのに、楪の背中が跳ねる。
おずおずと振り返った楪の顔は……何故か、耳まで真っ赤に染まっていた。
「荷物あるなら、俺が持つぞー?」
楪の手には大きなダンボールが一つ抱えられている。
なんでそんな大きなものが演説で必要だったのかは分からないが、サイズ的に持つのは苦労するはず。演説したあとだし、力仕事ぐらいは手伝いたいものだ。
「も、問題ございませんっ! 今は私に近づかないでください!」
ただ、めちゃくちゃ拒絶された。
「……なぁ、俺何かしたか?」
そそくさと校舎の中に入っていく楪を見て、思わず二人に尋ねる。
いや、確かに何かはした。女装して、頭を撫でた気がする。
だが、それはあくまでyukiがした行為であって、俺だとは気づかれていないはずなんだが───
「ふーん……あの奏が、ねぇ」
「い、幾田さん……?」
「まぁ、幸せ税ってことにしておいたら? まったく、竜胆は幸せ者だねー」
はて、幾田は何を言っているのだろうか? 幸せに会話をするどころか、嫌われているような拒絶をされたというのに。
またしても首を傾げていると、幾田は「じゃあ、色々と頑張ってー」と言い残してそのまま楪を追うように校舎へと向かっていった。
「なぁ、桜坂───」
「(……こ、これは危ない。わ、私もそろそろ決心しなきゃ……!)」
「桜坂?」
「(よ、よーし……私はやればできる子! やったことはないけど、やればできる子だし!)」
一方で、桜坂は何やら一人でブツブツと呟いている。
部活動の喧騒が聞こえて寂しくはない空間とはいえ、こんな二人取り残された場所で置いていかないでほしい。なんか蚊帳の外って感じがして、日陰者には辛い。
しかし、そう思っていたすぐ。桜坂がいきなり俺に顔を近づけてきた。
それに、俺も思わず驚いて退いてしまう。
「り、竜胆くんっ!」
「な、なんでしょう……?」
「生徒会選挙が終わったら……その、お話があります!」
話……とはなんだろうか?
もしかして、yukiに関すること? 確かに、あの時はなんだかんだしっかり話ができなかったし、彼女も彼女なりに整理をしたいということだろうか?
「まぁ、それは構わないが……」
「や、約束だからね! 破ったら、潰しちゃうかもだから!」
どこの部位においても人体に影響が出そうな脅しである。
「おう、任せろ」
かも、で潰されたくはないし。
俺だって色々yukiのことで話ときたいし。
だから、俺は食い気味に顔を近づけてくる桜坂に向かって頷いた。
すると、何故か彼女は頬を赤らめて───
「じゃ、じゃあ……よろしく、ね?」
そう言って、またしても一人そそくさと校舎の中へと向かっていったのであった。
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