嫌いになんて

 しばらく楪と一緒にいて、彼女が迎えの車で帰ったあと。

 すっかり暗くなってしまった公園には、静けさだけが残っている。


(……なんだかなぁ)


 こんなリスクある行動を、まさか自ら行ってしまうとは。

 おかげで立ち直れ……たと思う。明日以降の楪がどういう行動を取るかは分からないが、きっといい方向に進んだのでは? と感じる。

 そのせいで一気に力が抜けた。早く帰ってメイクを落として、邪魔苦しいウィッグも外してしまいたい。

 だけど―――


「そろそろ出てきてもいいんじゃねぇの、?」


 そう口にした瞬間、後ろの整えられた草木か草木からガサガサと音が聞こえてくる。

 そして次の瞬間、ゆっくりと制服姿の桜坂が姿を現した。


「き、気づいてたんだ」

「そりゃ、流石に。こんな近くかったら息が聞こえるし、普通に気づく」


 もしかしたら楪も気が付いているかもしれない。

 ちょくちょく草が揺れる音が聞こえたし、普通は誰かいると考える。そもそも、俺が楪を呼ぶようお願いした時、ここを選んだのは桜坂だ。

 友達を心配している彼女であれば、先回りして様子を見ようと考えるのは当然である。


「……少し話すか?」

「う、うん……」


 桜坂が姿を見せ、おずおずと楪が座っていた場所へ腰を下ろす。

 時刻はまだ十九時ほど。女の子と話していても、まだ問題ない時間だ。


「んで、覗き見していた三大美少女様のお望みは叶えられたかな?」

「の、覗き見っていうかなんというか……私はただ少し心配で!」

「はいはい」


 俺が軽くあしらうと、桜坂は可愛らしく頬を膨らませる。

 しかし、それも一瞬。すぐさま前を向いてポツリと呟いた。


「……やっぱり、竜胆くんは凄いね」

「何が?」

「多分、私とかゆかちゃんとかが慰めても、奏ちゃんにあんな顔はさせられなかったよ」


 別に大したことはしてないと……思う。

 そりゃ、同級生の前に女装した姿で出るのは大したことだが、結局一方的に偉そうに語っただけだ。

 大したことをしているのは、友達が心配で他人に委ねたり、こうして様子を見に来た桜坂の方だろう。


「改めて、ありがと」


 桜坂が頭を下げる。


「本当は、yukiさんとして知り合いと接するのは嫌なはずなのに、私のお願いを聞いてくれて」

「…………」

「あの、さ……もう私と関わりたくはないと思うけど、私にできることがあったら言って! な、なんでもするからっ!」


 桜坂が焦ったような、それでいて震えているような声を向ける。

 どうしたもんか、と。一瞬俺は何度目かの空を仰いだ。

 そして、逡巡したのいにからかうように桜坂へ笑みを向ける。


「女の子がそんなこと言っていいのか? いやらしいことをお願いするかもしれないんだぞ?」

「り、竜胆くんなら別に私は―――」

「馬鹿たれ」

「あいたっ!?」


 変なことを肯定し始めた桜坂に、俺はデコピンを入れる。

 桜坂は額を押さえて涙目で見上げてくるが、俺は少し小さなため息をついた。


「勘違いしているようだから言うが、別にyukiの正体がバレたからって桜坂を嫌いになっちゃいない」


 嫌なのは嫌だが、これが傷ついている知り合いのためだというのなら話は別だ。

 もしも、桜坂がストレートに私利だけを向けてくれば、恐らく話は別だっただろう。

 しかし、そいではなく嫌われるのを覚悟して涙を流しながら打ち明けてくれたのだ……嫌いになんてなれるわけがない。


「ほ、ほんと……?」

「そもそも、バレたのは俺の不注意もあっただろうし、そういうリスクがあるって分かって活動してたしな。吹っ切れたよ」


 誰にも言ってはほしくないがな、と。俺が苦笑いを浮かべると、彼女は食い気味に「言わないよ!」と言ってくれた。

 彼女は自ら言いふらすような性格ではないと一緒に過ごしていて分かったし、一応は大丈夫だろう。


「だから、別に変な負い目とか感じないでほしい。今日一日、若干俺のこと避けてただろ?」

「ぬぐっ……!」

「いきなり女の子に避けられたら、男は傷つくんだ。だから、これからもいつも通りでいこう」


 ふと、桜坂の顔を見る。

 呆けたような、面食らったような。どこか色々な感情が混ざっているような。

 すると、唐突に瞳から涙が浮かび始めた。


「お、おいっ! なんで泣くんだよ!?」

「だ、だってぇ……嫌われちゃったと思ったからぁ!」


 俺は慌てて彼女の瞳に手を添えて涙を拭う。

 しかし、零れ始めた涙は拭っても拭っても止まらず、ついには桜坂が俺の胸へと飛び込んできた。


「い、いいの?」

「何が!?」

「いつも通り、竜胆くんと仲良くしても?」


 いいも悪いも、拒絶する理由がない。

 振り返れば、初めの段階から気づかれていたのだろうが……それを踏まえても、彼女と距離を取る理由がなかった。

 一緒にいて楽しくて、一緒にいてどこか落ち着いて。こんな友達想いで優しい女の子を自ら拒絶する必要がない。


「はぁ……」


 女の子の柔らかい感触や仄かに香る甘い匂いに心臓が激しく脈打つ。

 それでも、俺は誤魔化すようにため息をついてそっと彼女を抱き締めた。


「こっちの方から、お願いするよ」

「う、うん……っ!」


 しばらく、彼女の嗚咽を聞いた。

 今日、何度女の子が泣いている姿を見ただろうか? それでも、泣くほど仲良くしたいと思っている女の子が胸にいて……不思議と嫌な気分にはなれなかった。

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