二人きり

 どうして幾田がここに? というより話とはなんだ?


 視聴覚室に現れた幾田の姿を見て、思わず疑問に思ってしまう 。

 電源を落とそうとしていた俺に近づいてくるクールビューティー。yukiの姿では話したことがあるものの、この姿で話したことはあまりない。

 それ故に───


「お、俺は無実だ!」

「なんで説教始まる前提で切り出してるの……」


 いや、だって一対一で話すシチュエーションってそれ以外に考えられないし。


「単純にお礼言いたかっただけ。別に警戒されるようなことじゃないよ」

「お礼?」


 はて、余計に分からない。

 yukiの姿ではお礼されるようなことを言ったかもしれないが、素の俺で彼女に対して何かをした記憶がない。まだ身に覚えのない説教の方が現実味があるぞ。


「久遠の面倒見てくれたでしょ? だからお礼を言っとかなきゃなーって」

「……お姉ちゃん?」

「久遠みたいな妹も悪くはないんだけどね」


 肩を竦める幾田。

 まさか、桜坂にしたことに対してのお礼だったとは。

 その行為、正しく桜坂という妹を持ったお姉ちゃんのようであった。是非ともうちの姉と交換してほしい。


「いや、でもそれならお礼とかは別にいらねぇよ。桜坂に言ってもらったしな」


 俺はそう言ってパソコンの電源を落とす。

 できるだけ、幾田とは会話を交わしたくはない。さっきもそうだったが、何故か異様にボロが出そうになる。

 だから、俺は机の上に置いておいた鍵を持って立ち上が───


「あと、もう一個聞きたいことがあるんだけど」


 ───ろうとした時、幾田が俺の袖を掴んだ。


「どうやって二人と仲良くなったの?」

「はい?」

「ずっと気になってたんだよね」


 逃がさないと、そう言っているかのように言葉を続ける幾田。

 掴まれた袖は離されず、俺は思わず頭を搔いてしまう。


「知らねぇよ……っていうか、それは俺が聞きたい」


 いや、ほんとマジで。こんな日陰者と話すなんて疑問で仕方ない。

 正直、女装している時しか目立った特徴なんてない男だぞ?


「ふぅーん……そっか」


 納得してくれたのか、してくれなかったのか。

 幾田は俺の袖から手を離すと、一緒に視聴覚室の外へと歩き出した。


「っていうか、二人は? 早く帰ろって言ったのは幾田だろ?」

「二人には先に行ってもらった。どうせ、私だけ帰り道反対方向だしね……それに、毎回奏に家まで送ってもらうって結構申し訳ないんだよ」


 流石はお嬢様。

 下校でも送迎があるとは。あった方が安全ではあるが、庶民が気軽にできるような手段ではない。


「でさ、話は戻すけど」


 鍵を返すために職員室へと向かっている間、並んで歩く幾田が口を開く。


「久遠って、結構あんな風に見えてもガードって固いんだよね。距離を近づけるのは親しくなりたい人だけっていうか」

「まぁ、明るくて人懐っこそうに見えても、教室じゃあんまり不特定多数とは話さないよな」

「奏はそもそも興味を示さないって感じ。誰にでも同じ距離だけ取って、人は選んでるみたいな」

「確かに、幾田達以外だと誰に対しても同じ顔をする」


 だからこそ、最近では驚かされることばかりだ。

 桜坂なんて人懐っこい性格を存分に表に出してくるし、楪なんてたまにからかってきたりする。

 ずっと教室の隅で見ていただけでは分からなかった二人の一面。それを、最近ではよく見るようになった。


「っていうわけで、二人が距離を近づける竜胆が結構気になってる」


 じーっと、隣を歩く幾田が俺の顔を覗き込んでくる。

 真っ直ぐな瞳に、一瞬だけ「yukiってバレるか?」などと心臓が跳ね上がってしまった。

 ただ、そんな様子などなく。

 純粋なる好奇心が瞳の中から窺えた。


「……気まぐれだろ、あいつらの」


 俺はその瞳から視線を逸らし、適当に応える。

 そう、あいつらの気まぐれなのだ。俺に興味を持っている幾田も、楪も。桜坂は俺がyukiの兄っていうだけ───


(って、信じたいのかもしれないな)


 今は生徒会選挙の準備で忙しいだろうし、今度生徒会選挙が終わって一度桜坂と話してみよう。

 もしバレているなら釘を刺しておきたいし、この疑念を晴らしておかないと多分ずっと不安なまま過ごすことになるだろうから。


「気まぐれ、かぁ……そうだとは思えないんだけどね」

「逆に聞くが、俺に好かれる要素がどこにあると思う? 言っちゃなんだが、見た目なんてそこら辺の男となんら変わらないぞ?」


 女装していなければ、の話ではあるが。


「ふふっ、確かに」


 これはこれで腹が立つ。


「ただ、他の男子とはなんか違うなーって感じがしてる」


 幾田が一歩前へと先へ行き、ふと振り向いた。

 その時の彼女の笑みはどこかイタズラめいていて、クールな印象とのギャップに思わずドキッとしてしまう。


「竜胆は、なんかね」

「は?」

「なんとなく、だけどね。どこか私の憧れている人と雰囲気が似てる気がするんだ」


 その言葉は、いつかショッピングモールで彼女と会った時を思い出させた。

 だからからか、唐突に背中に冷や汗が流れる。


「そ、それこそ気の所為だろ……」

「かもね」


 それだけを言って、幾田は俺と同じ方向へ足を進めた。

 立ち止まることなく、俺も並んで歩いてくれるだろうと思いながら。

 そんな後ろ姿を見て、俺は思わずため息をついてしまう。


(はぁ……これだから三大美少女は)


 勘が鋭いというかなんというか。

 伊達に教室でファンを公言しているだけのことはあるなと、そう思った。

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