放課後、三大美少女と

「桜坂、図形を挿入する場合はここだって言ったよな?」

「……うん、そうだね」

「しかも、分かりやすくこの図形のマークが並んでいるよな?」

「……ウン、ソウダネ」


 場所を移動して視聴覚室。

 そこで教師にお願いをしてパソコンを借りた俺達は、早速ビラの制作に勤しんでいた。

 勤しんで、いたのだが―――


「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 先が長ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

「わわっ! ほんとにごめんって竜胆くんっ!」


 楪が言っていた通り、確かに桜坂の物覚えはかなり悪かった。

「これを使えばいいんだよ」「うん、分かった!」から「あれ? これってどうするんだっけ?」「ふふふ、お嬢さん。こちら今しがた教えたばかりですよ」の繰り返し。

 ……おかしい、これほど物覚えが悪かったら割かし偏差値の高いこの学校には入学できなかったはずなのに。


「うぅ……パソコンだけが昔から苦手なだけだし」

「苦手っていうより、もう体が拒絶してるってレベルだな」


 その証拠に、あれから一時間経っても白紙。

 せめてデザインだけでも先に纏めておきたかったのだが。


「お二人共、進捗はいかがですか?」


 その時、視聴覚室の扉が開いて楪と幾田が姿を現した。

 そして、なんの迷いもなく真っ直ぐに俺達へと近づく。


「……見ての通りです」

「一個も進んでないね。流石は久遠」

「流石ってどういうこと!?」


 パソコンの画面を覗き込む幾田が笑みを浮かべるが、桜坂は頬を膨らませて怒る。

 正直、俺も笑ってからかってやりたい。蚊帳の外にいれば。


「そういえば、ここに来たってことはそっちは諸々落ち着いたのか?」

「いえ、落ち着いてはいませんが下校の時間ですので。あまり遅くまでやると教師に怒られてしまいます」


 楪の言葉を受けて、思わずスマホの画面を開いた。

 画面には十九時という表記がされており、外を見ると茜色の陽射しが薄暗く染まっている。


「いつの間に、か」

「だねー、いつの間にだねー」

「二人の遠い目が凄い……」

「ふふっ、きっと壮絶な戦いだったのでしょう」


 まぁ、主に相手にしていたのは桜坂の頭だったが。


「んじゃ、そろそろ帰るか。俺がパソコンの電源落としてここを閉めるから、先行ってていいぞ」

「えっ? いや、私がやるよ! 手伝ってもらったし」

「ちゃんと電源落とせるか心配でなぁ」

「流石にそれぐらいはできるけども!?」


 頬を膨らませて肩を殴ってくる桜坂。

 この姿が異様に可愛らしく映るのだから、美少女というのは本当に凄い。


「まぁ、それはさておいて女の子だったら早く帰るべきだろ? あんまり遅かったら親御さん心配するかもしれんし」

「……紳士ぶっちゃって」

「男は常に紳士であるべきだ」


 ただでさえ、最近は紳士どころか淑女の方面に足を踏み入れそうなのに。

 ここで少しぐらいは男らしさをアピールして、己の中の男魂を断固たるものにしなければ。


「(でも、そこがかっこよくて私は好きっていうか……)」

「ん?」

「ふふっ、お優しいんですね」


 突然頬を染め始めた桜坂が何やら言いかけていると、今度は反対側に楪が引っ付いてくる。


「今日は何度も手伝ってもらいましたし、借りが増えて困ってしまいます♪」

「だったら困ってる反応を少しでも見せたらどうだ? 具体的には離れろ女の子慣れしていない俺を慮って!」

「わ、私だって男の慣れしてないしっ!」

「だからお前は何故張り合う!?」


 両側から美少女が体を寄せてくる。

 この状況は一体なんだ? 相手は男が手を伸ばしても届かない高嶺の花だっていうのに、気が付けば両手に届くほどの距離にいる。

 相手が桜坂や楪であること、今まで体感したことのないシチュエーション。

 それらが俺の心臓を激しく脈打たせた。


「はいはい、それぐらいにね」


 すると、ヘルプに入ってくれたかのように二人の襟首を幾田が掴んだ。


「あんまり困らせるようなことはしない。こんなことするから遅くなっちゃうんでしょ」

「そうですね、失礼しました」

「困らせるつもりは……」


 桜坂と楪がそれぞれの表情を浮かべて俺から離れていく。

 それがありがたいような残念なような……とにかく複雑な心境であった。


「では、私達も荷物を取ってきましょう」

「竜胆くん、本当にありがとうねっ!」


 幾田に促され、二人は視聴覚室のドアから消えていってしまった。

 それを横目で見送ると、俺はすぐに開いていたパソコンを操作して電源を落とす。


(放課後に三大美少女と……クラスの連中に教えたら嫉妬間違いなしだろうなぁ)


 滅多に相手にされない高嶺の花。

 それらと過ごした時間というのは、間違いなく貴重な体験だろう。

 そのはずなのに、最近は貴重なのかと疑問に思うぐらい一緒にいるような気が―――


「これが友達、ってやつなのかもな」


 日陰者にとって友達という存在はありがたい。

 まぁ、あまり集団行動自体が好きではないのだが、やはり数人ぐらいは友達がいた方がいいのは間違いないだろう。

 だからこそ、こうして静かな時間が妙に寂しくもあり、充実していたことを実感させてくる。


「さて、俺もさっさと閉めて帰りますかね―――」


 そう言った時であった。

 ガラッ、と。視聴覚室の扉が開かれる。

 先生か? そう思って視線を向けると―――


「ねぇ、ちょっとだけ話しできる?」


 ―――そこには幾田の姿があった。

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