三大美少女との空間

 なんなのだろう、この空間は?

 三大美少女様が空き倉庫という場所に勢揃い、そこに男が一匹。

 まるで女性モデルだらけの楽屋に通された時と同じような気分だ。

 しかも、その三人が全員yukiのことを好きだという───


「……よし、ここに置いとくなそんじゃ」

「まぁまぁ、そんな急いで帰らずとも」


 箱を置いて回れ右をしようとした俺の腕を、楪の細い腕が掴んでくる。

 無理に振り払うことは可能なのだろうが、流石に女の子へそんなことはできるはずもなかった。

 そして、この一瞬が致命的であったのは、駆け寄ってきた桜坂が腕に抱き着いてきたことによって証明されてしまった。


「竜胆くんが来てくれるなんて! 立ち話もなんだし、座ってよ!」

「い、いや……俺は……」

「あれ、何か用事でもあったの……?」


 上目遣いで放たれる言葉。

 本当は特に予定もなく、この空間になるべくいたくないだけなのだが……何故だろう、腕に伝わる柔らかい感触と「断ったら可哀想」と思わせてくる瞳が首を縦に振らせてくれない。


「す、少しぐらいなら……!」

「やったー!」


 美少女って本当に恐ろしい。

 今なら彼女に夢中になる学校の男子達の気持ちがよく分かる。


「っていうか、こんな空き倉庫で何やってんだよ?」


 倉庫なのにご丁寧にテーブルと椅子も用意されているし。

 とりあえず机の上には紙やらペンやらが並んでいるので、何か作業しているというのだけは分かる。


「生徒会選挙の準備のために貸してくれたの」


 気になって口を開くと、幾田が顔を上げて答えてくれた。

 なんだかんだ、yukiではないこの姿で話すのは初めてなような気がする……いや、業務連絡ぐらいでは話したことがあるか。

 とはいえ、最近の桜坂や楪ほどは話していないから、妙に緊張してしまう。


「ふぅーん……そういや、幾田は楪の応援演説をするんだっけ?」

「そうだけど、なんで竜胆が知ってるの?」

「あ、いや……それは……」


 迂闊。そういえば楪の応援演説をするってyukiの状態でしか聞いていない。

 最近、三大美少女と関わりすぎて口がよく滑ってしまう気がする。

 とにかく、何とかして誤魔化さなければ───


!」


 ……あれ?


「あぁ、そういうこと。最近久遠達って仲良いもんね」

「ごめんね、言っちゃダメだった?」

「別に構わないよ。どうせあとから発表があるわけだし」


 幾田は納得してくれたのか、もう一度原稿用紙に視線を落とす。

 何とか誤魔化せた……のだが、疑問に思う。


(なんでフォローしてくれたんだ……?)


 桜坂と生徒会選挙の話はしたが、それもyukiの時だ。

 事実ではなく、完全なるフォロー。俺は実際に桜坂とはそんな話はしていない。


(……やっぱり、まさか桜坂は気づいて)


 ふと、抱き着いている桜坂へ視線を向ける。

 すると、視線に気づいた桜坂は満面の笑みを浮かべるだけで何も言ってはこなかった。


「なぁ、桜坂───」

「ささっ、立ち話もなんですし座ってください」


 そう言いかけた時、楪に背中を押される。

 状況に戸惑いながらも、俺は促されるまま桜坂が座っていた横へ腰を下ろした。


「ねぇねぇ、見て! 私が作ってみたビラ!」


 桜坂が机に広げられていたビラを俺に見せてくる。

 そこには色鉛筆で彩られた素敵なピカソっぽい───


「……すまん、筆舌に尽くし難い」

「何故!?」


 眼前には突き付けられたビラには、どう表現していいのか分からないイラストが散らばっている。

 まず言いたいのは、どうしてプリントで作らず色鉛筆で頑張ろうとしたのかだ。これでは申し訳ないが幼稚園児の絵日記である。コピーしてもモノクロにしかならないというのに……せめて文字ぐらいはパソコンで打ち込めお嬢さん。


「だから言ったではありませんか───」


 そうだ、言ってやれ楪。


「私に似ていないと」


 その前にパソコンで頑張らせてやってほしい。

 何枚も作って生徒に配るんだろう? あと何回色鉛筆で挑戦するつもりだ?


「うぅ……私にもっと絵心があれば」

「それ以前に、パソコンで頑張るところじゃない?」

「もっと言ってやってくれ、幾田」

「色鉛筆だってタダじゃないんだから」

「違う、主張してほしいのはそこじゃない」


 あれか? 三大美少女様達の空間に男が放り投げられたら必然的にツッコミ役に回されるのか? なんだよ、花を愛でるどころか世話をしなきゃいけない空間って。


「いいか、桜坂……ビラは普通、パソコンで作成して印刷して配るものだ。そうじゃないと手作り感溢れる幼稚園児の発表会になる」

「えー、でも私の家にパソコンなんかないよー」

「学校のパソコンがあるだろう?」

「使い方分かんない」


 俺は幾田と楪へ視線を向ける。

 すると、二人は何故か俺から視線を逸らし……待て、なんで顔を逸らす?


「わ、私は一応使えるけど……デザイン系の操作とかセンスは正直久遠と変わらないっていうか……」

「もちろん、私は使えます」


 幾田は分かったが、だったら何故楪は顔を逸らした? こっちを向きなさい、恥ずかしがってないで。


「ただ……その、久遠さんは中々教えようとすると時間を消費してしまうといいますか……」

「なるほど、物覚えが悪いんだな」

「ちょっと、どういう意味だし!」

「頭が悪いって意味だ」

「直球で言えって意味じゃないんだけど!?」


 桜坂が頬を膨らませて俺の肩を叩いてくる。

 華奢な女の子故か、まったくを持って痛くなかった。


「手伝っていただけるのは嬉しいですし、私としては教えてあげたいのですが……」

「うぅ……私だって分かってるもん。奏ちゃん達には迷惑かけられないって」


 言い難そうにする楪と、しょんぼりとする桜坂。

 確かに、生徒会の仕事もあって選挙の準備もある。好意はありがたいが、ここで桜坂に教える時間は設けられない。

 桜坂の方も、手伝いたいのに相手の時間を奪ってしまうのは本末転倒だと分かっているのだろう。

 だから、できる範囲で頑張ろうとしていた……って感じか。


「はぁ……俺でよかったら教えてやるよ」

「本当!?」


 幸い、パソコンの操作も作り方も知っている。

 センスはあまり自信がないが、教えるぐらいであれば勉強すればなんとかいけるだろう。


「よろしいのですか、竜胆さん? 運んでいただいただけではなく、お手伝いまで……」

「いいよ、別に。頑張ってる人間が困ってるのに放置する方が感じ悪いし」


 まぁ、仕事がない時に限るって条件付きではあるが。

 といっても、最近はそんなに立て込んでないし、生徒会選挙が始まるぐらいまではちゃんと手伝えるだろう。


「ありがとう、竜胆くんっ!」

「本当にありがとうございます、竜胆さん」


 二人から感謝の言葉と、それぞれの笑顔を向けられる。

 それがなんとも気恥しいというか照れるというか。妙な居心地の悪さを一瞬だけ感じた。

 しかし───


「……………」


 幾田がどうしてか無言で見つめてくる。

 そんな悪いことなどしていないというのに。


(うーん)


 怒らせては、いないはずなんだがなぁ。

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