興味がある彼
(※奏視点)
『今やれることをしますけど、やりたくなくなったら辞めます』
いつぞや、私の好きなモデルであるyukiさんがテレビでそのようなことを仰っていました。
私はそこまでテレビを観る方でもありませんでしたし、恋愛であろうがファンという側面であろうが、あまり好きになった人を持ったことはありません。
人に興味がない……というわけではなく、単純にその他やらなければならないことの方が多かったからでしょう。
財閥の跡取り娘としての知識と教養を詰め込むのに精一杯。高校に入学するまでそのような毎日でした。
もちろん、別に財閥を継ぐことに対して不満を抱いているわけではありません。
───ただ、毎日が窮屈だったのです。
そんな時です。
たまたま観たテレビでyukiさんがそのようなことを言ったのは。
特段格言というわけではないでしょう。ネット記事が荒れるような言葉でもありません。
ただ、この時の私には———酷く胸に刺さったのです。
やれることをやって、それでも辞めたくなったら辞める。
潔い、我儘、それでいてなんとも自由な言葉なのでしょう。
雑誌やメディアに映っている彼女はその言葉を体現しているかのように、どこか奔放で清々しく、縛られない自由さを感じました。
まるでいつこのモデルという職を辞めてもいいと、ありのままの姿を見せているような。
そんなyukiさんを見ていると、不思議と思うのです―――私も、やめたければやめようと。
財閥の跡取りとして勉強はします。しかし、今まで目を向けてこなかった交友関係にも手を伸ばしてみよう。勉強も、嫌になったらやめればいいのですから。
そうしてできた友人は、久遠さんと由香里さんでした。
その二人も、どうやらyukiさんのファンだというのですから驚きですよね。
(……私は、yukiさんに憧れています)
椅子に座り、時間の合間にインスタグラムを開く。
変わらず日課のように見ているのは、yukiさんのアカウントに投稿されている彼女の写真でした。
一方で───
「はっはっはー! 貴様ら俺に勝とうなど百年早いわぁぁぁぁぁぁ……って、おいコラ誰だよゴール直前にいやらしい赤甲羅を投げたのは!?」
「ふふんっ! 油断大敵久遠ちゃん大勝利! 自分の持ってるゲームだからって私が持っていないと思ったら大間違いなんだし!」
「桜坂さんのおかげで僕が二位になった……あ、多々良さんもやりますか?」
「このレポートが終わったら邪魔させてもらおうかしら? 祐樹に罰ゲームっていうのをやってみたいし」
「え、俺オンリーの罰ゲームがいつの間に決まってるの!?」
近くから聞こえてくるのは、そのような喧噪。
テレビの前のソファーで、三人が楽しそうにゲームをしております。
由香里さんと久遠さんのご自宅で遊ばせていただいた時とは違った楽しそうな声です。やはり、男性が交ざっていると色々と変わってくるのですね。
(まぁ、その中心は間違いなく竜胆さんなのでしょうが)
本当に気になるお方です。
今のやり取りを見ても分かりますが、異性に興味を示さなかった久遠さんがあそこまで楽し気に話しているのは珍しいです。
元々興味を示さないというというだけで社交的な方ではありましたが、他の方と違った感情を向けているというのは付き合いの長いだからこそ理解しています。
(一体、どのような経緯で……)
あとは、久遠さんが竜胆さんのどの部分に惹かれているのか? 彼には俄然興味が湧いてしまいます―――
(あら?)
そう思っていた時、ふとスクロールしていた手が止まります。
モデルとして名前が売り出され始めてから作られたこのアカウント。そこに投稿されてある何枚かの写真。
今まで一度も気になったことはありませんでしたが、何故か今日は手が止まってしまいました。
手が止まってしまったのは、yukiさんのオフでの写真。外で取られることもありますが、いくつかはご自宅で撮られたもの。
それが―――
(この部屋とそっくりですね)
yukiさんが座っているソファーが、皆さんの座っているソファーと似ています。
窓の位置も、テレビの大きさも、後ろに見えるキッチンも、全て見渡してみると同じようなものに映ります。
(おかしい)
何故、yukiさんの写真がこの場で? 時折姉のkaedeさんも一緒に写っておりますが、それらもこの場所。ということは、ここは二人のご自宅?
私の頭の中に疑問がいくつも湧き上がります。
(竜胆さん……)
もしかして―――
「おい、楪はやんねぇのかー?」
そう疑問に思っていた時、ソファーに座っていた竜胆さんが声を掛けてきました。
どうやら一勝負が終わったようで、テレビの画面はキャラクターがたくさん映った状態で止まっております。
「いえ、興味はありますが私のことはお構いなく」
「ん? なんで?」
「奏ちゃんはねー、あんまりゲームやるとご両親に怒られちゃうんだってー」
ゲームは中毒性があるそうです。
一度やり始めてしまうとやめられず、勉強が疎かになってしまう。
そのため、私は両親よりゲームをすることを禁止されております。今時珍しい話ではありますが、家が家なので仕方ありません。
「ふぅーん……おかしな話だな」
ソファーに座っていた竜胆さんが、諭すわけでもなく「当たり前」のように口にしてきました。
「せっかくやれるんだったらやりゃいいだろ。やめたくなったらやめればいいんだしさ」
「ッ!?」
ドクン、と。私の胸が一瞬跳ね上がります。
どうしてか? そんなの、言われなくてもすぐに分かりました。
(yukiさんが言った言葉)
そう、今の発言は正しく私がyukiさんに憧れた時の言葉。
私が憧れたyukiさんが当たり前のように思っている思考。
突然のことだったからでしょうか? 不思議と、竜胆さんから目が離せられません。
「まぁ、やらねぇって言うんだったら無理強いはしねぇよ。ただ、せっかく人の家に来たんだから蚊帳の外で娯楽を眺めるより、一緒に娯楽を楽しむ方が有意義だと思うがな」
そう言って、竜胆さんはコントローラーを持って画面へと向き直りました。
これ以上、何も言うつもりはないのでしょう。あとはお前に任せると、こちらにボールを投げてきます。
「……ふふっ」
竜胆さんは、どうやら私を私として見てくれているようです。
学校でお会いしている男性達から見える下心を彼からは感じられず、ただただ寄れば付き添ってくれて、近寄らなければ突き放す。
ある意味我儘で、ある意味他人を尊重してくれ、ある意味……自由。
(なるほど)
私はスマホに映ったyukiさんの写真をもう一度見ます。
(どうして久遠さんが竜胆さんに惹かれたかが分かる気がしますね)
そして、すぐさまスマホの画面を閉じると、腰を上げて竜胆さんの下へと向かいました。
「では、私もご一緒してもよろしいでしょうか?」
「えっ!? 奏ちゃん珍しい!」
「別にいいよ、コントローラーも一つ余ってるしね」
榊原さんからコントローラーを受け取り、私は空いていた竜胆さんの横へと腰を下ろします。
その時、私はふと彼の顔を覗き込みました。
「お手柔らかにお願いしますね、竜胆さん」
「いやいや、お嬢様だからって接待ゲームするほど俺は優しくないからな! 本気で行くぞ罰ゲームが俺オンリーらしいしッッッ!!!」
似ては……いない?
ただ、どこか雰囲気は似ている気がします。
(モデルの多々良さんが竜胆さんのお姉さんとご友人。そして、竜胆さん自身もかなり仲がよろしい)
つまり、そういうことでしょう。
流石にここまで情報が揃ってしまえば、否定する方が難しそうです。
とはいえ、男性が自らそのようなことを? あまり興味を持たなかったからか、今時の男性の趣味はよく分かりません。
ですが、まぁ───
「ふふっ、私……竜胆さんのせいでイケナイ子になってしまったみたいです」
「身に覚えがなさすぎるし、表現に悪意があるんだが!?」
驚く彼の表情。
しかし、どこか……私はその顔から目が離せませんでした。
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