期間の始まり
休みというのは、いつも終わるのが早い。
楪の家で準備を終わらし、撮影に臨んだかと思えばもう登校日。
何が悲しくて、登校する時間を味わなくてはならないのだろうか? 時というのは残酷である。迎えてほしくないものに限って、すぐにやって来てしまうのだから。
「ふぁぁっ……」
眠たさを堪えながら、俺は校門を潜る。
久しぶりに味わう日常。歩いていると周囲には登校する生徒の姿があり、耳には部活動に勤しむ生徒の喧噪が届く。
ただ、いつもと違うのは―――
『私が生徒会長になった暁には、より良い学習環境を整えるために備品の———』
―――校舎の入り口付近で行わている、演説である。
「朝から精が出るよね」
ふと、背後から声が掛かる。
振り返ると、そこには相変わらず憎たらしいイケメンフェイスが。
「そうだな、登校頑張った」
「竜胆じゃないよ、何言ってるの?」
冗談を言ったつもりだったんだが、真に受けられたみたいだ。
本当に重たい瞼をこじ開けて頑張ってきたのは間違いないのだが、どうにもこのイケメンは冗談が通じないらしい。
「演説、もう早速始めるんだ」
「一応今日からみたいだからな。にしては早すぎるとは思うっていうのには同意だ」
今日から期間には入る。
とはいえ、早速早朝から始めるというのは驚きだ。
準備を終えたとはいえ、休み明けで少しぐらいは余裕を持ちたいだろうに。
「まぁ、それだけ本気っていうか……そうでもしないと勝てないって思っているのか。どっちにしろ、精が出るねって蚊帳の外な反応しかできないかな」
今行っているのは、楪達じゃない。
見慣れない女子生徒が台の上に立ち演説を行い、二人の女子生徒がビラを配っている。
きっと、相手が楪だということに焦りがあるのだろう。
彼女は何もしなくても知名度がある。巻き返して生徒会長になるには、少しでも早い内に行動に移した方がいい。
だが、まさかビラ配りが被ってしまったとは……向こうの本気度も侮れない。桜坂には頑張ってもらいたいものだ。
「……俺には関係ないな」
俺は止めた足を進めて校舎の中へと入いる。
途中、ビラを配られたので断るわけにもいかずもらったのだが……くそぅ、クオリティが高ぇ。
「う、うちの桜坂だって頑張って作ったから大丈夫……ッ!」
「あははっ、随分と桜坂さんに入れ込んでいるようで」
負けてない……負けてないぞ、桜坂! めげずに頑張れ!
「竜胆くーんっ!」
校舎に入ってすぐ、またしても背後から声が掛かる。
この持ち前の明るさにどこか少し悲しさと悔しさが交ざった声は……あの三大美少女様だろう。
「あ、あっちも……あっちもビラ配ってる!」
予想は当たっており、振り向くとそこには着崩した制服が更に乱れて色っぽく映る桜坂の姿が。
息がどこか荒れており、走ってきたのだろうとは分かるのだが……いかんせん、目のやり場に困る。アピールされているのだろうか?
「そうだな」
「そ、それに……クオリティが高いんだよ! どうしよう!?」
凄い、早速めげそうになっている。
「嘆くのは早いぞ、桜坂。仮にビラのクオリティが下がったとしても、所詮はビラだ。あくまでサポートの一環に過ぎず、形勢逆転を担う一旦でしかない。メインは楪……そこを履き違えることなく、お前は持ち前の明るさでいつものように可愛く笑顔を全力で振り撒けばいいんだ」
「か、かわっ……!」
「竜胆って、たらしこむの上手だよね」
横で榊原が何かを言っているが、気にしないでおこう。
正面で桜坂が顔を真っ赤にして茹でだこになっているが、気にしないでおこう。
「おーい、桜坂ー?」
下駄箱前で固まるわけにはいかない。
とりあえず、目が泳いで顔を真っ赤にさせている桜坂の肩を揺らす。
「……ハッ! なんか今、すっごい嬉しいことを言われた気がする!」
ちゃんと励ましてやったのに、内容一つ覚えてくれていないとは。
「そういえば、楪達はまだ演説始めたりしないのか?」
桜坂のせいで止めてしまった足を進めながら、俺達は教室へ向かう。
「うん、本格的には今日の放課後から動くんだって! 私もゆかちゃんも手伝うのはそっから!」
「ふぅーん……まぁ、頑張れよ」
「お任せだし!」
桜坂が八重歯を見せながら、横で敬礼のポーズを見せる。
そのあざと可愛い姿に、通り過ぎる生徒が見惚れているのが視界の端で捉えられた。
相変わらず、滅多に見せない貴重な姿を簡単に見せてくれるものである。
「あ、ゆかちゃん達おはよー!」
教室付近まで辿り着くと、桜坂が幾田達の姿を見つけて走り出す。
元気いっぱいと言うかなんというか。見た目のギャルっぽさがなければ、完全に子供のようだ。
「んじゃ、僕達も中に入ろっか」
「走っては行きたくないけどな」
桜坂のあとを追うように、俺達も足を進める。
すると―――
『ねぇ、今回楪達が出るんでしょ?』
『朝からやらないって、どうせ自分が勝つとか思ってるんじゃない?』
『顔と家がいいからって、調子乗ってるよね』
ふと、どこかからかそんな声が聞こえた。
反射的に見渡すが、ホームルームが始まる前の廊下は多くの生徒が行き交っている。
女子生徒の声だというのは分かったが、誰かと特定はできなかった。
「どうしたの、竜胆?」
「……いや」
足を止めてしまったことに、榊原が首を傾げる。
―――いつぞや、多々良さんと姉さんが言っていたことを思い出した。
「…………」
それがきっかけなのか、胸の内にどことなく湧くはずもない不安が現れてしまった。
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