準備が終わって
「で、でけたー!」
豪華なマンションの一室を堪能することもなく、あれやこれや進めてきて早三時間。
ついに、桜坂の口からそんな声が聞こえてきた。
達成感、安堵感、解放感。それらと桜坂の嬉しそうな声が相まり、俺も思わず口から言葉が漏れる。
「よがっだ……よがっだなぁ、桜坂ぁ……!」
「うんっ、うんっ……これも竜胆くんのおかげだよっ……!」
「なんかスポコンが始まってるんだけど」
「ふふっ、ドラマのワンシーンのようですね」
リビングでは、微笑ましそうな瞳を向ける楪と苦笑いを見せる幾田の姿が。
榊原は少し電話をすると言って外に出掛けており、絶賛リビングには再び三大美少女だけで構成された空間ができ上がっている。
ちなみに、二人は榊原の手伝いもあってかなり前に原稿を確認させてチェックも終わっていた。
だから二人も初めは「手伝おっか?」と言ってくれたのだが、桜坂は拒否。後半は俺も教えることがなくなり、自力で作り上げている。
最後は自分で作り切りたいという根性……ヘッ、立派じゃねぇか。
「これで奏ちゃん達のお手伝いができる!」
「ええ子やなぁ」
「竜胆の目が、まるで我が子を見守るような母ね」
「仕方ないだろう!? こんなダメっ子が最後までやり切れたんだから!」
「ダメっ子!?」
横で桜坂が驚くが、こればかりは俺も庇いきれん。
どれだけビラ一枚を作るのに時間がかかったと思っているんだ、お嬢さん。
「いいか、桜坂。あとはUSBに移したデータを学校のパソコンに落として、必要な数だけ印刷をするんだぞ?」
「うぅ……母目線で接してほしくない」
衝動的に桜坂の小さな頭を撫でてしまったが、桜坂はご不満な様子。
やはり、女の子の頭は気軽に撫でてはいけないらしい。
「けど、これでやっと生徒会選挙の準備が整ったー」
準備が全て終わったからか、疲れ切ったように幾田がソファーに寝転がる。
パーカーにジーンズといったラフな格好故に下着が見えるということはないのだが、女性の発達した部分の起伏がくっきりと浮かび上がってしまっているため目のやり場に困る。
「確か、休み明けからすぐ選挙期間に入るんだよな?」
「はい、予定では一週間の間にそれぞれ立候補者が校内で演説を行い、最終日に全校生徒の前でもう一度演説を行う形になります」
「応援演説はそこだけ。奏とは違って一回限りね」
幾田が寝そべりながら大きく深呼吸を入れる。
その姿は、今の段階なのにもかかわらず緊張しているようにも見えた。
(そりゃそうか……苦手って言ってたもんな)
人前に立つのが苦手なのに、それでも前に出て演説を行う。
一人二人ではなく、全校生徒の前でだ。緊張しないわけがない。
だけど―――
「yukiに背中押されたから、私だって頑張らないと……」
ドクン、と。幾田の呟いた言葉に心臓が跳ね上がる。
確かに背中を押した記憶はあるが、こんなファンを公言している二人の前で言わなくても。食いつかれでもしたら、全身冷や汗が確定だ。
「そ、そういえば……楪はどうして生徒会長になりたいんだ?」
俺は跳ね上がった心臓を誤魔化すよう、yukiの話題がこれ以上広がらないように楪に話題を振った。
生徒会のメンバーがそのまま生徒会長になるのはよくある話らしい。
楪も、もしかしたらその類いの理由なのかもしれない。
「そうですね……挙げるとすれば、両親の期待に応えるのであれば生徒会長というステータスは確保しておきたい、といったところでしょうか?」
流石は大手財閥のご令嬢。
ゲームをしようと提案した時もチラッとその話があったが、どうやら楪の家は厳しいみたいだ。
「一応補足しておきますが、生徒会長になるのは私の意思であって今の発言は理由の一つです」
「そうなのか?」
「えぇ、どちらかというと高校生活でしか得られない貴重な体験をしたいという私の願望の方が強いです。何せ、今の私はやりたいことをやってやりたくなければやめることができる女の子ですから♪」
「ッ!?」
片目を閉じ、見惚れるような可愛らしい笑みを向けられて、思わずドキッとしてしまう。
お淑やかな彼女から放たれるギャップある一面というのは、どうにも刺激的すぎて恐ろしい。
「人の上に立つ。高校生活で学ぶには大きな機会です―――それが誰かの支持を受けて席に座れるのであれば、私は是非とも座ってみたい。そして、上に立つ者としてよりよい学校生活を送らせてあげたい……私が立候補する理由は、主にこちらになります」
あくまで自分の願望。そして、その責任を全うしたい。
安易に片方に傾いているわけでもなく、薄っぺらい甘言を吐いているわけでもない。
己の願望とそこから発生する責任を背負うと理解しているからこそ、どうにもしっかりして見える。
(……こりゃ、私情抜きで楪に一票入れたくなるな)
ここに私情が挟めば、万が一にも他の候補者に票を入れることはなさそうだ。
苦手を乗り越えてまで友達を応援したい幾田と、する必要がないことをしてまで友達になりたい桜坂。
三大美少女と関わる前だったらこんな気持ちにはならなかったのに―――今では、是非とも三人の頑張りが報われてほしいと思える。
……我ながら、手の届かない高嶺の花達と随分関わってしまったものだ。
「竜胆くんっ」
ツンツン、と。桜坂が俺の肩を叩く。
すると、桜坂は満面の笑みでピースサインを向けてきた。
「私達頑張るから、応援よろです♪」
その笑顔を向けられて、俺は―――
「おう、頑張れよ」
自然と零れた笑みを浮かべながら、同じようにピースサインを向けた。
じゃないと、俺も頑張った意味がなくなるからな。
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