不安
「うーん……だいぶ教えられたな」
「だねー」
最近恒例になってきた、桜坂の手伝い。
ゴールデンウィークを控えている今日も今日とて、放課後に視聴覚室でパソコンと向き合っていた。
撮影はゴールデンウィークに全て詰めているため、始まるまでは基本的にフリー。
故に、今では毎日のように桜坂と放課後を一緒に過ごしている。クラスの誰かがこのことを知ったら嫉妬されそうだ。
「今思うけど、全部竜胆くんがやった方が早い気がする」
「まぁ、それはそうなんだが……フッ、果たしてそれで君は満足なのかな?」
「何その口調? うーん……でも、満足ではないよね。私のことなのに私がしないなんてさ」
ぐぐっ、と。疲れた体をほぐすように桜坂が背中を伸ばす。
着崩した制服は一部がより強調され、一瞬だけ視線を奪われてしまった。
そのため、俺は咄嗟に視線を逸らして咳払いを入れる。
「ごほんっ! い、一応やり方は一通り教えたからな。あとは自分で作るだけだ、ふぁいと」
「……覚えきれていない自信があります」
「すっげぇ、スローペースで教えたつもりなんだが」
「やれやれ、分かってないねぇ竜胆くん……私がすぐに覚えられたら、そもそもヘルプを頼んじゃいないよ。なんのためのゴールデンウィーク合宿だと思っているんだい?」
何故こいつは上から目線で話せるのだろうか? 不思議だ。
「でも、本当にありがとうね」
桜坂が椅子に座りながら見上げてくる。
その視線はどこか柔らかく、愛らしい顔立ちとよく似合っていた。
「このお礼は絶対に返すから」
「……いらねぇよ。そういうつもりで手伝ってるわけじゃない」
誰かのために時間を割いて頑張っている人間を放置するなど目覚めが悪い。
協力できるならしてあげたいし、手伝えるなら結果が出るように手伝う。それが知り合いならなおさらだ。楪のために貢献しようと頑張っている―――そんな話を聞いて、己にできることがあるのにスルーするのもおかしな話だろう。
加えて、時間潰しにもなる。早く家に帰ると姉さんと長い時間いることになるしな。
「もぉ~、なんで竜胆くんはそういうことを言っちゃうかな」
「逆になんでお礼をしたがるんだよ? 女の子は普通、男に貸しなんて作りたくはないだろ?」
楪は嬉々として貸しを望んでいたが。
「ちっちっちー、勘違いだよ竜胆くん。これは貸し借りの話じゃなくて気持ちの問題!」
「誰の?」
「私の!」
なんて身勝手な気持ちの問題なのだろうか。
別に相手が「いらない」って言うんだから「あ、そっか」で終わればいいものを。
「いいか、桜坂……世の中にはもらってばかりな生活をしている人もいるんだ。逆にもらえずに与えられてばかりの人間もいる。だから決して、もらうだけが悪いわけじゃないんだ」
「……竜胆くんは将来、ヒモな女の子と結婚したいの?」
「それは断固拒否する」
今のご時世、一人の収入だけで生きていけるとは思っていない。
共に働き、共に稼いだ収入によって、互いの生活を支えていくのだ。俺だけ働いて誰かを養おうっていうのは考えていない。まぁ、俺が相手を選べるほどモテるとは思えないが。
「……あの、ね。私はしっかり働くよ?」
「ん?」
「私は! 大人になったら定年まで頑張って働く!!!」
いきなり馬車馬宣言されても。
「何を言っているかよく分からんが」
「えー」
「とにかく、お礼なんて変なことは考えるな。桜坂はまずビラを完成させて、楪の手助けができるように頑張ればいいんだよ」
頬を膨らませる桜坂の頭を叩いて、俺はポケットから学校指定のUSBをパソコンに差す。
学校のパソコン上にはデータは残せない。手間だが、いちいちデータをUSBに保存する必要があるのだ。
「って言いながら、ビラなんて配らないでも楪が当選しそうな感じはあるけどな」
クラスの生徒の話だけでなく、学校の生徒達の話を傍から聞く限り楪に票が集まりそうだ。
とはいえ、少しでも勝利を盤石にするために何かをしようとするのは立派だ。勝負は何が起こるか分からんからな、油断はしない方がいいに限る。
「……そうかな?」
俺がそう思っていると、桜坂がポツリと呟いた。
「正直、ちょっと不安でもあるんだよね」
「不安?」
「うん、私でもよく分かんないけど……だから、私にもできることがあるならやりたい」
一体、何が不安なのだろうか?
傍から手伝っている俺には分からない、当事者なりの懸念でもあるのだろうか?
(……よく分からんが)
頑張るというなら手伝ってあげよう。
そういう誰かのために頑張れる人っていうのは嫌いじゃないから。もちろん、俺の予定とかに支障をきたさなければの話ではあるが。
「っていうわけで、これからもよろしくね! あ、竜胆くんこのあとケーキ食べに行こ!」
「こらこらお嬢さん、放課後にケーキなんて太ってしまわれますよ?」
「だ、大丈夫! 脂肪は全部胸に行くから……!」
「こらこらお嬢さん、少しは慎みを持たないとダメですよ?」
「ほ、本当だもん! こう見えても、私はD───」
「慎みを持ちたまえ、お嬢さんッ!」
俺は別に脂肪云々を疑ってはいないから。
「な、ならこのあと行こうよ! 奏ちゃん達は別の予定があるから一緒に行けなくて二人きりだけど!」
「まぁ、別に構わないが……」
「やったー!」
桜坂が嬉しそうな顔を見せながら、ピースサインを見せてくる。
(yukiならともかく、俺と一緒に出掛けてもいいことなんてないだろうに……)
何故そこまで喜ぶのだろうか?
俺は嬉しそうな顔を見せる桜坂に思わず口元を綻ばせながらも、そんなことを思った。
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