三大美少女のお嬢様

 桜坂が何やらお買い物をしたいとのこと。

 具体的に何を買いたいのか? と聞いたのだが、お洋服をもう一式ほど揃えたいらしい。

 女の子は常に流行りと新しいものを追いかける生き物だ。

 姉さんも多々良さんも、去年着た服を着回すことはほとんどないと言っていた。

 おかげで、家がちょっとしたドレスルームっぽく服でいっぱいいっぱいになるのだが、それはそれ。最近では悲しくもその気持ちが分かってしまった俺は納得して、早速放課後に桜坂と出掛けることになった。

 なったのだが───


「ふふっ、こうしてしっかりとお話するのは初めてですね、竜胆さん」


 電車に揺られ、やって来たのは新宿のOIOI。

 そこで隣を歩くのは、上品さを醸し出したの姿があった。

 何故、ここに三大美少女である楪がいるのか? それは───


『久遠さん、どこか遊びに行かれるのですか?』

『この前のカラオケでは竜胆さんとお話できませんでしたし、もしよろしければご一緒してもよろしいでしょうか?』


 ───とのこと。

 生徒会の仕事が休みで、特に予定もないらしい。

 この流れだと幾田も来るのでは? とビクビクしていたが、彼女は外せない用事があると桜坂が言っていた。

 それで、桜坂以上に話したことがない美少女様おひとりが一緒にお買い物をしに来ているのだ。


「……どうして楪がついて来るんだ」

「……そのセリフは僕も言いたいんだけど」


 どうしてか、後ろに並ぶ榊原までもが気落ちした顔をしている。

 不思議だ、今日は予定が空いていると言っていたような気がしなくもないこともなきにしもあらずだったはずなのに。


「(うぅ……竜胆くんと二人っきりのつもりが四人きりになった……由香里ちゃん、羨ましい……!)」


 そして一方で、榊原の横に並んでいる桜坂は何やら先程からブツブツと呟いている。

 女の子というのは、本当によく分からないものだ。自分から付き合ってほしいと言い始めたのだが。


「それにしても、竜胆さんと久遠さんは仲がよろしかったんですね」


 そんな中、一人お淑やかな笑みを浮かべる楪が口を開く。


「仲は……いいのか?」

「いいに決まってるよ!」


 決まっていたのか……そうか。

 正直、あまり関わりたくない部類にいた気がするんだが。勘づかれるし。


「久遠さんのお友達というのであれば、是非とも私とも仲良くしてほしいですね」

「だってさ、榊原」

「あれ、今僕の流れじゃなかったよね?」

「ふふっ、お二人共と仲良くしたいです」


 こういうのは明言せずに華麗に避けるべきだ。

 ただでさえ、最近はファンと公言している人間と関わることが多いのに。

 このままでは、俺が女装してメディアに顔を出している人間だと気づかれてしまうかもしれない。

 それに───


(クラスの連中からの視線も痛いしなぁ)


 今日一緒に出掛けるという話を教室でされた時は凄かったものだ。


『桜坂さんだけでなく、楪さんとも……ッ!?』

『羨ましい……というより、妬ましいッ!』

『裏山は春の陽気を感じられる桜が咲いているらしい。きっと、あそこなら竜胆も寂しくないだろう』


 後半、何故か俺を裏山で処理しようとも受け取れる発言をした人間がいたものの、皆の視線は一様に好奇心と嫉妬と羨望であった。

 あの視線を常時浴び続けるとなると、学校生活も肩身が狭い思いになってしまうだろう。日陰者には辛い環境だ。


「んで、桜坂……買い物をするのはいいが、何か目星はついてんのか?」

「正直、どこで買うかとかも決めてないんだよね。新しいのがほしいなー、っていうのと……ーぐらいが要望!」

「俺が選ぶのか?」

「もちっ♪」


 もちろんなのか。


「まぁ、そうだな……」


 どうしてもちろんなのかはさて置き。

 同年代の女の子のコーディネートを決める機会などあまりないし、少し真剣に考えてみよう。

 モデル活動をしているおかげか、自分の服を選ぶのも他人の服を選ぶのも嫌いじゃないからな。


「せっかくなら、春らしいトレンドをちゃんと取り入れたものがいいかもしれん。桜坂は派手めな服は揃えているだろうし、ここは可愛らしさを見せるワンピース系にチャレンジしてみるのがオススメだ。カラーはトライしやすいブルーで……今なら爽やかなサックスブルーにするもよし、濃色で存在感を放つコバルトブルーにするもよし。青を取り入れれば、モダンな印象にブラッシュアップできるだろう」


 あとはショート丈なトップスをメインにコーディネートしたり、ゆったりとしたボトムスの人気が続いているこの時期ならカーゴパンツというのもありだ。

 色々着飾れる春はオシャレをしやすい時期。たった一つのアイテムでも様々なコーディネートがある。

 何か決めつけて選ぶのもいいが、そういうのを頭の中でイメージしながら探すのも中々楽しいものだ。

 元より、桜坂は素材がいい。きっと、何を着させても周囲の目を引く姿になれるだろう。


「……あの」


 ふと、横を歩いていた楪が顔を覗き込んでくる。

 そして、少し驚いたような顔で───


「お詳しいんですね、竜胆さん」


 しまった。


「ふふんっ! 竜胆くんに任せれば一発だよ!」

「まぁ、竜胆はオシャレに詳しいからね」


 後ろで桜坂が胸を張り、榊原が同意する。

 おかしい……失言ではあったが、誰も俺が男だという前提で擁護をしてくれない。


「ふふっ、でしたら私も一つ竜胆さんにお願いしましょうか」

「い、いや……俺、あまり詳しくないんで」

「この流れでそれは難しいですよ」


 オシャレは好きだ。

 この一、二年でそれは新たに目覚めた趣味と言ってもいいだろう。

 しかし───


(男で女のファッション詳しいとかおかしいだろ……ッ!)


 絶対に変な目で見られた。

 つい反応してしまった己の趣味に、俺は内心で悪態をついたのであった。

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