鋭い視線
「私、女の子が好きなのかもしれない」
なんて言い始めたのは、学校の三大美少女である幾田だ。
登校し始めてすぐ、ふといつものように三大美少女達の談笑している声が聞こえ、さり気なく耳を傾けていた。
すると、唐突に出た言葉は周囲の男達の膝を崩れさせるようなもの。
どうやら、幾田は異性ではなく同性が好きなようであった。
「随分と唐突に大きなカミングアウトをされますね」
「またまた急にどうしちゃったの?」
驚いたのは周囲の男子だけではなく、桜坂も楪も同じようだ。
そりゃ、いきなり友人が『同性が好き』と言い始めたら驚きもするだろう。衝撃的なカミングアウトである。
「同性が好きとなると久遠さんと同じ、ということになりますが……」
「いや、私はちゃんと男の子が好きだよ?」
この前、確か同性が好きだと言っていたような気がしたのだが……まぁ、いいだろう。
「……実は昨日、偶然yukiと会っちゃってさ」
「yukiと会ったの!?」
「うん、買い物してる最中にね」
そして、そこから続いた話はどうやら昨日のことのようだった。
三人からyukiの名前が出てくることは慣れてきたつもりだが、直近で会ったことを話されると思わず背筋が伸びてしまう。
むず痒いというわけではなく、単純に「バレていないか?」などというもの。
昨日は確かに幾田と会った。何やら悩んでいたし、話したあと一緒に服も選んだ。
連絡先は「お願いします!」とお願いされて交換してしまったが、それ以外バレるようなミスは犯していない……から大丈夫、うん。桜坂とは違って、何か勘づかれた様子もないし。
やはり彼女が少し特殊だったのだろう。
「昨日幾田さんと会ったんだ」
「た、たまたまな……」
俺が体を小さくさせていると、対面で本を開いていた榊原が首を傾げた。
色々弁明はしたいところではあるが、まずは幾田の話を聞かなければ。
「生で見たyukiは最高だった……女の子のはずなのに男らしかったし、私が落ち込んでいると慰めてくれたし。服を選んでもらった時、ずっと顔が熱くって……私、女の子が好きなのかなって」
「羨ましいですね。女の子を好きになってしまったというのはさて置いて、yukiと一緒に買い物ができたなど」
「……うん、しかも連絡先まで交換させてもらっちゃった」
「…………」
楪が熱っぽく語る幾田の言葉に相槌を打つ。
一方で―――
「なぁ、なんだか桜坂がこっちを見ているような気がするんだが」
「しかも、ジト目にしては鋭いぐらいの厳しい瞳だね」
なんだ? 俺は何か非難されるようなことをしたのか?
まだ学校に登校して少ししか経っていないというのに、何故俺はあのような瞳を向けられるんだ?
「私、選んでもらった服は大切にしまっておく……」
「大切にしまうより、着てもらった方がyukiさんも喜びそうだと思いますよ?」
「………………………………」
おかしい、先程よりも眼光が鋭くなったような気がする。
「ん?」
その時、ふとスマホを通知音が鳴った。
あまり言いたくはないが、友人が少なく連絡先を交換した人間は限られているのだが、こんな朝っぱらから誰が連絡してきたのだろう?
久遠『今日、放課後お買い物するよ』
「…………」
「誰からだったの?」
「いや、最近できた友人らしき人からみたいだ」
何故いきなり? 今日は放課後の予定は何もないから別に構わないのだが───
祐樹『急にどうした?』
久遠『いいから、行くよ』
祐樹『いや、しかし急な話だからせめて要件ぐらいは』
久遠『ズルい 羨ましい 以上』
……ふむ。
「最近の女の子ってよく分からないよな」
「僕からしてみれば急にそんな発言をした竜胆の方もよく分からないけどね」
ズルいと書かれても、何がズルいのかよく分からない。
もしかしなくても、幾田が新しい服を入手したから「自分も買いたい!」ということなのだろうか?
それだったら、楪や幾田と一緒に買いに行けばいいだろうに。
(まぁ、生徒会選挙で二人の放課後の予定が立て込んでいるのかもな)
擦り合わせをしなければならず、買いに行きたくても一緒に行けない可能性もある。
だから俺に白羽の矢が立ったのだろう―――野郎じゃなくて、他の同性のクラスメイトでも誘っていけばいいのにとは思うが。
それに、一緒に出掛けてあらぬ噂を立てられたら桜坂も困るだろう。
「んー……」
「だからどうしたの、さっきから」
桜坂は校内で有名で可愛い女の子。
二人で仮に買い物へ行ったとして、誰かに見られでもすれば騒がれることは必須。
ここは―――
「なぁ、榊原」
「なに?」
「ちなみに、今日の放課後は何か予定でもあるのか?」
「今日は新作のゲームを買って早速プレイする予定だけど」
「そうか」
祐樹『榊原も一緒に行きたいとのことだ』
久遠『……二人きりがよかった』
祐樹『酷く熱望されてな。許してくれ』
よし、これでいいだろう。
「……ねぇ、なんだか桜坂さんの視線が僕に対してかなりキツくなった気がする」
「気のせいじゃないか?」
何故二人きりをご所望したのかは知らないが、野郎二人だとあらぬ誤解はされないはず。
それに、いけ好かないが美男子な榊原がいれば誤解されたとしてもお似合いで話は纏まると思う。
「はぁ……もう一回会えないかな、yukiに」
そんな中、幾田は変わらず熱っぽい声を漏らしている。
どうしてそのような言葉を吐くのかは知らないが、もう二度とyukiとして会うことはないだろう。
昨日はたまたま。
あんな気まぐれは、しばらく起こらないと思うから。
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