傷ついている、らしい

(※奏視点)


 別に私自身が傷つくようなことはありません。

 他者に関心を寄せることがあまりなく、興味のないことに私の胸は躍らされないから。

 かといって、影響がないわけではないのでしょう。

 少し前の自分が親の期待に応えられるよう、あらゆるものに手を出していたのと同じ。

 結局は、興味がないことにも意識が向いてしまう。


 だから、私は傷つきはしないがという、難儀な性格をしているのです。

 今回の話も、きっと誰かが意図的に流した噂を、誰かが鵜呑みにしただけ。

 私のことをよく思っていない人達が、自然と話に乗っかってしまった故の陰口でしょう。


「別に、陰口を叩かれるのは然程どうでもいいのですが」


 これ自体はよくあることでした。

 クラスの人気な男性から告白された時、成績を学年トップで治めた時、仲良くなろうとしてきた人に分け隔てない笑みを浮かべた時。

 特に中学時代は酷かったですね。やはり、皆さん思春期真っ只中だからでしょうか? 陰口など、耐性がつくほど慣れてしまっています。


 ―――この程度で、私が傷つくことなどあり得ない。


 ただ、求められていないのだと。

 私がやりたかったことは、一部の人間には望まれていないのだと実感させるだけ。


(でしたら、やらなくてもいいですね……)


 、私は席を降りましょう。

 たとえ八割が望んでいて、不満がたったの二割だったとしても、私は生徒会長にはなりません。

 期待されていない私が、これからもその二割の期待に応えられるとは思えませんから。


「やって、みたかったんですけどね」


 私はカバンを持って席を立ちます。

 茜色の陽射しが徐々に薄暗くなってきました。久遠さん達は、ちゃんと帰っていただけたでしょうか? 物思いに耽っている私に付き合わせてしまうと、流石に申し訳ないですから。


(申し訳ないという話であれば、色々な方にご迷惑をかけてしまいますね)


 ここまで手伝ってくれた由香里さんに久遠さん、榊原さんに……竜胆さん。

 あとでしっかり謝っておきましょう。

 本来であればこのまま生徒会選挙に臨めばいいのですが、もう気持ちが傾いてしまっています。


『今やれることをしますけど、やりたくなくなったら辞めます』


 いつか、私の憧れであるyukiが言っていた言葉。

 私が憧れたきっかけでもある言葉。

 その話をなぞるのであれば、私はここで降ります。

 やれることはやりました……その上で、私はやりたくなくなってしまいました。


 分かっています。この行動が身勝手で自分勝手なことは。

 ただ、どうしてもやる気にはなれなくて―――


(あぁ……そう、ですか)


 ふと、教室を出るタイミングで気づいてしまいます。

 傷つくことはない……そう思っていましたが、こう何度も意識して背を向けている時点で、私は傷ついているのだと思います。

 やりたくないからやめる。のではなく、期待に応えられないからやめたい。

 訂正した方がいいですね、私はどうやら自分で思っているより繊細な人間みたいです。


(yukiさんでしたら……)


 、どうするのでしょうか?

 あの人は、私以上に多くの人の視線を受けて活動されています。

 もし、こんな状況に遭遇した時、あの人はやめるのでしょうか? それとも、折れずに真っ直ぐ歩かれるのでしょうか?


「……って、本当にらしくないですね」


 久遠さんに先に帰ってもらったのは間違いでしたでしょうか?

 今は無性に誰かと話したい……久遠さんや由香里さん。そして———竜胆さんと。


「あら?」


 その時、ふと私のスマホに通知音が届きます。

 ふと気になって画面を開くと、そこには久遠さんからのメッセージが表示されていました。


 久遠:もし、今から時間があるなら〇〇公園に来て!


 一体、なんの御用でしょうか?

 先程まで一緒にいたというのに、今更呼び出すほどの急用があるのでしょうか?

 ただ―――


「行って、みましょうか」


 今は、誰かと話して気を紛らわせたい。

 どうせ家に帰っても胸の内を溜め込むだけでナイーブになってしまうだけですし。

 そう思い、私は足早に校舎の外へと向かいました。



 ♦♦♦



 ○○公園は、たまに久遠さん達と遊ぶ際に寄っていた場所です。

 特に何かをするわけでもなく、買い物帰りなどに立ち寄って雑談に興じておりました。

 ですので、道に迷うということはありません。

 茜色に暗さが陰り始めていても、ここならたくさんの街灯があります。ゆっくり腰を下ろして話しやすいベンチや、子供達が遊ぶ時のための遊具。

 今は時間が時間なので、公園には人気があまりありませんでした。

 普段は聞こえているはずの子供達の楽しそうな声などなく、今では虫が鳴く音のみ。


 そんな場所で。

 いつも私達が談笑する時に座っていたベンチで。

 一人、スマホを弄りながら腰を下ろしていました。

 そして、私の姿に気が付いたのか、顔を挙げて立ち上がります。


 その人は私がよく知っている人で、いつも見ている人で―――


「初めまして、楪さん。少し、お話しませんか?」


 どうして、この人がここに?

 久遠さんは、どこにいらっしゃるのでしょうか? まさか、久遠さんは私をこの人に会わせたかったのでしょうか?


「……yuki、さん」


 、何故こちらに?

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