陰口の出処

「結局、聞くところによるともう一人の候補者の応援演説している人が言いふらして回っているみたい」


 桜坂と帰った次の日の放課後。

 楪達が使っていた空き倉庫で、榊原が話を切り出す。


「案外、すぐ分かったんだな」

「そりゃ、言いふらして回っていたら出処ぐらいすぐに分かるよ」


 俺の横には、不機嫌そうな幾田の姿。

 どうやら、榊原が色々と探っていたところに幾田と遭遇して、一緒に行動していたみたいだ。


「動機は、その候補者を勝たせたいからって。問い詰めたらすぐに吐いてくれた」

「あははは……あの時は喧嘩にならないかヒヤヒヤしたけどね」

「私はぶっちゃけ喧嘩になってもいいって思ってたけど。相手を蹴落としたいからって言っていいことと悪いことがあるでしょ」


 幾田の怒りもごもっともだ。

 確かに、楪は生徒会選挙にあたってかなりの強敵。勝てない……なんて思ってしまっても不思議ではない。

 だからといって、相手を貶めるような行為が正当化されるわけもなし。

 それによって傷つく人がいるのなら、その行為は褒められるはずもないのだから。


「幾田は……その、大丈夫なのか?」

「何が?」

「いや、一応幾田も同じようなことを言われてるんじゃないのか?」


 顔色を窺うように、俺は恐る恐る尋ねる。

 すると、幾田は小さく苦笑いを俺に向けてきた。


「そりゃ、傷ついてないって言ったら嘘になるけど……それよりも怒りの方が強いから。自分よりも、やっぱり奏の方が心配」

「……そっか」


 幾田といい、桜坂といい、彼女達は優しすぎる。

 自分のことよりも友人を心配し、友人のために怒れる。

 だからこそ、こんなにいい人が陰口を叩かれる道理なんてない……密かに、俺もまた怒りが湧いてしまった。


(……桜坂)


 なんだかんだ、今日一日彼女とは話せていない。

 ずっと楪の傍にいたし、今は幾田の代わりに楪の手伝いをしているという。

 あのあと、家まで送る間は会話という会話がロクにできなかった。できたら、yukiの件を含めて色々話し合いたいところだ。

 いつから気づいていたのか? とか、仲良くなろうとしてくれたのは俺がyukiだからか? とか、誰かに言うつもりはあるのか? とか───


(……いや、まずは今の現状だな)


 まずは今の現状をどうにかすることだ。

 そうでないと、せっかく頑張って準備した生徒会選挙がめちゃくちゃになってしまう。


「んで、問い詰めた時はどうしたんだ? 噂が広まってんなら、収拾も難しいだろ?」

「いや、そこは案外なんとかなると思う。候補者の女の子も、まさかこんなことになっているとは思っていなかったみたいで……デマを言いふらしたって一緒に責任持って消してくれるみたい」

「……だからといって、それに流されて陰口を言った人は許せないけど」

「まぁ、それはそうなんだけどね。実際問題、三人にやっかみを言ってた人は多いけど……それでも一部だよ。他の女の子の中にはそう思っていない人もいるわけだし、なんだったら男子が「そんなことない」って言って回ってるらしいからね」


 楪は男子に媚びるようなことはしていない。

 彼女達に好印象を持っている男子は多く、俺と同じように楪の陰口を聞いて苛立っているのだろう。

 そうでなければ、噂を消そうと否定して回ることもないはずだから。


「っていうわけで、少ししたら今みたいなことは治まると思う。問題は───」

「奏、だよね」

「…………」


 俺は二人の言葉を聞いて、そっと天を仰ぐ。

 桜坂が言っていた───彼女は、周囲の評価を鵜呑みにしてしまう人間なのだと。

 もし、今広がっている陰口を耳にしてしまった場合、彼女はどうなるのだろうか? 周囲の反応に敏感な幾田は大丈夫だったが、楪は大丈夫かどうかはまた別の話だ。何せ、今向けられている陰口はほとんど楪に対してのものだから。


「今日、やっぱり元気なかったよ」

「聞いちゃってたか……単に気分が優れなかっただけか」


 ふと、またしても桜坂の姿が思い浮かんだ。

 泣きながら、申し訳なさそうに、悔しそうに……俺の正体を知っていると口にして。

 彼女は、俺にお願いをしてきた。

 だから───


「……楪は」

「ん?」

「楪のことは、俺に任せてほしい」


 そう言って、俺は横にかけてあるカバンを手に取って立ち上がる。


「任せてって……何をする気?」


 幾田が怪訝そうに首を傾げる

 それを受けて、俺は小さく手を振った。


「桜坂にお願いされたからな」


 正直に言おう……俺の中で、正直整理できていない部分はある。

 正体を知っていて、桜坂は何故黙っていたのか? など、挙げればいくつも浮かぶ。

 しかし、それとこれとは別だ───桜坂が泣きながら、嫌われてもいいと言いながらお願いしてきたのだ。

 嫌いになんてなるわけがない。故に、楪が前を向いて気兼ねなく生徒会選挙に望めるよう……、俺はやれることをやる。

 それが、たとえ俺の正体をバラしてでも───


(……幻滅、されないか心配だけどな。憧れている相手が女装野郎だったら、普通は傷つくだろうし)


 榊原と幾田はそれぞれやれることをやってくれた。

 だったら、次は俺の番だ。


「ありがとな、二人共」


 そう言って、俺は空き倉庫の扉を開いた。



 ♦♦♦



 ふと、窓の外を見れば茜色の日差しを受けながら部活動に勤しむ生徒達が見えます。

 時間もいい頃合い。校門前での演説も終わり、あとは我が家に帰宅するだけ。

 ですが、私は一人誰もいなくなった教室でただただ窓の外を眺めています。

 久遠さんが心配してくれていましたが……彼女には先に帰ってもらうようお願いしました。

 何せ、今はどうしても一人になりたかったから。

 そして───


「生徒会選挙、辞退しましょうか……」


 ポツリと、私の口からそんな言葉が漏れてしまいました。

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