好き
本日の昼休憩……桜坂に呼び出された。
今回は前回と違って事前に連絡をもらったから、教室中で騒がれることはなかった。
ただ、何故か榊原がニヤついた目で見送ってきたのが気がかりだが、別に問題はないだろう。
恐らく、桜坂の呼び出しは恐らくyukiに関すること。
とりあえず長話になる予感がしたから念のため弁当箱を持ってやって来たのだが―――
「来ねぇなぁ……桜坂」
心地よい風が吹く屋上で、俺は一人弁当箱を広げて昼食を取っていた。
本来であれば桜坂と話しながら食べる予定ではあった。しかし、昼休憩が始まって十五分が経っても桜坂は姿を見せない。
時間は有限だ。食べ切れなかった! なんてことが起こらないよう、少し前から手をつけさせてもらている。
あとで桜坂には謝れば問題ないだろう……にしても、普通に遅いな。昼休憩始まってすぐに来てほしいって向こうから言ってきたのに。
「お、お待たせっ!」
そんなことを思っていると、ようやく屋上の扉が開いた。
こうして、彼女の声が耳に届くとふと彼女に勘付かれた時のことを思い出す。
(あの時も、屋上だったなぁ)
どこか懐かしさを覚えながら、俺は弁当箱を持ったまま上半身だけ振り向いた。
そこには、何故か体操服姿の緊張気味な様子の桜坂の姿。そして、手には女性用の制服とウィッグが握られており———
「じゃ、じゃぁ早速……!」
「早速じゃねぇよ!?」
何着させようとしてんだよ、こいつ!? 俺がyukiだって知った瞬間これか!? なんか前も同じような流れだったけども!?
っていうか、もしかして体操服に着替えて自分の制服を着させるために遅くなったのか!?
「話するだけで女性ものの制服っておかしくないか!? なに、そんなにyukiになってほしいの!?」
「い、いやっ……一応、yukiさんにも伝えたいことがあるから、まずは形からかなーって」
「別に整えんでも成立するわ、話しぐらい……」
そっか、と。桜坂は慌てて制服を畳んで地面に置いた。
何やら緊張しているのか、ボケではなく単純にから回っているだけのような気がする。
いそいそと近づいて来る桜坂を見て、俺は小さくため息をついた。
「んで、話ってあれだろ? yukiのことだろ?」
とりあえず、手で桜坂に座るよう促す。
すると、彼女は俺の対面ではなく何故か真横に腰を下ろしてきた。
「お、おい……桜坂?」
肩と肩が当たる距離。
横を向けば桜坂の整った愛らしい顔が眼前に迫り、少し視線を落としただけで着崩した制服から胸元が見えてしまう。
戸惑いと異性との距離に、思わず心臓が激しく脈打つ。
「あ、あのね……竜胆くん。今日はその、yukiのこともだけど……別のことを伝えたかったの」
はて、yukiのことではない? 当初そのことだと思っていたから、当然頭の中には疑問が湧き上がる。
しかし、緊張して震えている彼女の声と、朱に染まり始めた顔や肩越しに伝わってくる俺以上の心臓の音が、疑問を掻き消してきた。
そして———
「私、竜胆くんのことが好き……です」
―――そんな、信じられないようなことを口にした。
「は、えっ……?」
「い、いやっ、だから……私、竜胆くんのことが好きで……」
それは聞こえたんだが、正直驚いているのはそこじゃない。
あの、学校で人気者な三大美少女が俺のことが好き? これが驚かずにいられるだろうか?
「なん、で? あ、あー、そうか……yukiが好きって、話か」
彼女は教室で何度もyukiが好きだと言ってくれた。
一緒に出掛けた時も同じようなことを言っていたし、俺がyukiだと確認が取れたから改めて言っているのだろう。
(マジでビックリした……)
こればっかりは仕方ない。
流石に、あの三大美少女から告白されたって早とちりしてしまえば誰だって驚く―――
「ち、違うよっ!」
桜坂がいきなり俺の手を握る。
「私は竜胆くんが好きなのっ! yukiは憧れで好きだけど、竜胆くんも好きなの! ちゃんと異性として! お付き合いしてくださいの好きだから!」
ドクンッ、と。眼前に迫る真剣な表情の桜坂と、その言葉に心臓がもう一度跳ね上がる。
あまりにも信じられなくて、現実味がなくて。それでも、桜坂は震える口を開いた。
「クールで美人なところがかっこいい! 身長も高くて、スラッとしてて、まつ毛も長くて! 雑誌で見るyukiさんは迫力があって、すぐに目を惹かれちゃう! 私は、そんな魅力的なオーラを含めてyukiさんに憧れてる!」
その言葉は、聞き覚えがある。
一緒にyukiとして出掛けた帰り道。彼女が一日の楽しさと共に想いの丈を言ってくれたのだ。
だから、もしかして。
次は―――
「私の我儘に付き合ってくれる優しさとか、私を私としてちゃんと見てくれたこととか、怖い男の人相手でも私を助けてくれたかっこいい姿とかが大好きっ!」
そういうのは、好きな人に言った方がいいと。
俺が口にした時とまったく同じな、言葉であった。
「本当は、もう少しあとに言うつもりだった。ううん、違うな……言わないつもりだったの。私が無理にyukiの正体を口にして、嫌われるって思ったから」
でも、と。
桜坂は潤んだ瞳を向けてくる。
「竜胆くんは、私を許してくれた。嫌いになんてならないって言ってくれた。それどころか、こんな私のために動いてくれて、また助けてくれて……増々好きになって、取られちゃわないか心配になった」
彼女の言葉が嘘偽りないものだというのは、表情を見て分かった。
本心で、俺のことを好きだと。yukiは憧れで好きだけど、竜胆祐樹は別の好きなんだと。
もちろん、彼女に好かれるために彼女と一緒にいて手を貸してきたわけじゃない。
それでも、桜坂はそう思ってくれて―――嬉しく、思わないわけがなかった。
「ねぇ、竜胆くん……」
桜坂が少し距離を取る。
そして、大きな深呼吸を一つ入れて……最後に、こう言ったのだ。
「私と、お付き合いしてくれませんか?」
その言葉は、きっと大きな勇気がいるものだったのだろう。
いつも告白される側の桜坂。学校では「男には興味がない」のだと噂されていた桜坂。
実際はそんなことはなくて。
告白する側ではあり、誰かを好きになれる普通の女の子。
やっぱり、接してみないと桜坂久遠という女の子は分からなかった。
けど―――
「俺は……」
桜坂とは付き合えない。
嫌いとかではなく、単純に戸惑いが大きいからだ。
関わった時間も少ないし、yukiの正体がバレているとかバレていないとか関係なく、まだまだ彼女のことを知っていない。
烏滸がましいとは思うし、贅沢物だとも思う。きっと、この先こんな可愛い子と付き合える機会なんて訪れないだろう。
でも、こんな気持ちで付き合っても彼女に申し訳ないだけ。
かといって、キープなんて失礼なことなんてしたくない。
だったら、男らしく俺の我儘だけどきっぱりと言おう。
そう思って、俺が口を開こうとした瞬間———桜坂の手が俺の口に当てられた。
「ま、待ってっ!」
突然のことに、またしても呆けてしまう。
しかし、彼女はなんとなく俺が言おうとしていたことを察していたのか、俺が手をどかそうとする前に口を開いた。
「……竜胆くんの言いたいことはなんとなく分かってる。でも、私だって諦めたくない」
だから、と。
手をどかしてくれた桜坂は、何故かそのまま俺に顔を近づけて―――頬に唇を当ててきた。
「んなっ!?」
「竜胆くん……私、フラれるのは覚悟してきた。でも、フラれたまま終わりたくない」
そして、桜坂は堂々とした顔でこう言い放ったのであった。
「絶対、竜胆くんのこと振り向かしてみせるんだからっ!」
あまりにも男らしい。
女装して女の子として立つことが多いからか、今の言葉は酷く胸に刺さり……否定しようとしていたはずなのに、不思議と眩しく見えた。
……こういう一面も、彼女の魅力なのだろう。
だからからか、俺は思わず笑みが零れてしまった。
「ははっ、コロっと堕ちそうだな」
「え、堕ちてくれるの!? なう!?」
「流石に早ぇよ」
頬を膨らませて可愛らしく睨んでくる桜坂。
そんな姿を見ていると、吹き出してしまった笑みが戻りそうにはなかった。
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