yukiとデート

 結局、楪からの申し出と桜坂のお願いを天秤に賭けた結果、俺は女装をすることになった。

 己が不本意とはいえ言い出したことだ。これ以上男らしさを減らさないためにも、いずれは履行する必要がある。

 故に、楪の申し出は運が悪ければあらぬ誤解と注目を浴びてしまうため、どうせ選ぶなら……となったのだ。


「この前ぶりですね、桜坂さん」

「え、別に昨日も───」

「ん?」

「ううんっ、この前ぶりだね!」


 昨日と言いかけてはいたが、すぐさま花の咲くような笑みを向けてくる桜坂。

 こう、嬉しさがありありと伝わってくるのは嫌いではない……女装した状態でなければ。


(まぁ、こんな格好じゃなかったらそもそも好かれもしなかったんだろうけどな)


 これも男の尊厳と引き換えに手に入れたものだと割り切ろう。

 一応、桜坂には「yukiと一日遊ばせてやる」と伝えている。せっかく貴重な休日を割いているのだ、美少女と二人きりという構図を細心の注意を払いながら楽しもう。


「それで、祐樹から一日「桜坂さんと出掛けて来い」と聞きましたが……今日は何をされるのでしょうか?」

「え、えーっとですね……」


 桜坂は少し気恥ずかしそうに、体をモジモジさせる。


「貴重な休日をいただいてるから、yukiさんの行きたいところに連れて行ってあげたいなー……って」


 えへへ、と。桜坂ははにかむ。

 その姿に、俺は思わずドキッとしてしまった。


(か、可愛すぎるだろ)


 いつぞやに張り合ったことを許してほしいレベルだ。

 普段の派手さが消えているからか、庇護欲と愛嬌を醸し出している。それが余計にも胸を跳ね上がらせる要因となっており、鼓動と合わせて顔に熱が上ってしまう。


「そ、そうですね……では、たまには体を動かしてみたいのでボウリングなどいかがでしょうか?」

「いえっさーですっ!」


 桜坂が可愛らしく敬礼のポーズを見せる。

 そうと決まれば、早速この場から離れた方がよさそうだ。駅前は人が多いし、こちらにボールを振ってくれるのも嬉しいが、可能であれば気遣ってくれた桜坂の行きたいところにも連れて行ってあげたい。


(さて、近場のボウリング場ってどこだったかね?)


 そう思い、俺はスマホを取り出した。



 ♦♦♦



(※久遠視点)


 きゃー、きゃきゃきゃきゃー!!!


(わ、私……yukiさんと一緒にお出掛けしてるっ!)


 嬉しくて舞い上がりそうだよ。今、ここが自分の家だったら声を大にして叫んでいると思う。それぐらい、今の私はテンションが高かった。

 憧れていて、好きで、ずっと追っていて。今まで画面や雑誌越しでしか見たことのなかったモデルのyuki。


(生で見ると、本当に最高すぎる……ッ!)


 灰色のパーカーに黒いパンツ。キャップとショルダーポーチのアイテムもシンプルなのにオシャレに見えちゃう。

 なんでyukiってこんなスポーティーな格好でも目を惹くぐらい綺麗なのかな? 隣を歩いているだけで、見ている私がドキドキする。

 それに———


(えへへっ……私、初デートだぜ♪)


 まさか、ことになるなんて。

 少し前までの私だったら、きっと想像もできなかっただろう―――それもこれも、運命さんに感謝しても仕切れないよ。


(あの時、勇気を出してよかったなぁ)


 本当は迷惑で、失礼なことなんだけどね。

 だからこそ、こうして気がつくことができたんだから申し訳ないけど喜ばせてほしい。

 竜胆くんには、今日とは別にお礼をさせてもらおう。私のお財布じゃ、叙々苑は流石に難しそうだけどお礼が成立するかな?


「ふふっ」

「ん? どうかされましたか?」

「ううん、なんでもないっ!」


 嬉しすぎて勝手に笑ってしまっていたみたい。

 首を傾げるyukiさん。大人びていてかっこいいのに、こういう姿は可愛く見えてしまう。


「運動したいって言ってたけど、yukiさんってあんまり運動しないの?」

「学校では帰宅部ですからね。モデル業もこれといって運動するわけじゃないですし、体型維持のために体を動かさないと」

「へぇー、そうなんだ」


 モデル業っていうのも大変なんだなぁ。

 私も毎日体型は気にしてるけど、きっとyukiさんほどじゃないと思う。だって、このクビレとスラッとした足が最高に羨ましすぎるもん!


「あれ? でも、ボウリングってあんまり運動しないような……?」

「あはは……まぁ、運動しないよりかはマシってことで」


 ……いや、実はそこまで意識してないのかも。

 ってことは、今の体型は先天的体質? えっ、それはそれで羨ましいんだけど。


(まぁ、yukiさんも笑ってくれてるし、楽しいからいいんだけどねっ!)


 ここ最近、本当に楽しいことばかりだ。

 yukiさんと出掛けている今もそうだけど、最近は服を選んでもらったり、ご飯を一緒に食べたり、お家にお邪魔させてもらったり。

 今までに味わったことのない体験に、多分人生で一番満足していると思う。


(……もし付き合えたら、これからもずっとこんな感じなのかなぁ)


 ふと、私は想像した。

 一緒に出掛けて、たまに電話して、こまめに他愛もない会話を交わして。

 脳裏に浮かんでくるものだけでも、不思議と心臓の鼓動が早くなった。


 これは……あの時、助けてもらった時と同じ感じだ。


(やっぱり……)


 これって、恋なんだと思う。


 ねぇ、今あなたは私と一緒にいて何を感じてくれていますか―――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る