ボウリング

 ボウリング場単体……というのはなく、結局ボウリングができる一番近い場所となればラウンドワンだった。

 とはいえ、ここならボウリングだけでなくクレーンゲームやダーツもビリヤードもある。

 飽きたら別路線に動けるので、これはこれでかなりアリな部類だろう。


『ねぇ、あの二人超可愛くない?』

『なんか美人と美少女の最強コンビって感じなんだけど』

『っていうか、あれってyukiじゃん!』


 などなど。

 受付でお金を払い終え、レーンへ辿り着くとそんな声が聞こえてきた。


(まぁ、流石に目立つわな)


 今日は控えめな服にしてきたつもりだが、いかんせん横に並んでいる花が可憐すぎる。

 ここに来るまでもずっと往来の視線を浴びていたし、立ち止まったら注目されるのも必然と言えた。


「yukiさんと一緒に歩いていると、こんな視線を受けるんだね~」


 ボウリングの球を磨いている桜坂が周囲をチラチラ見て口にする。

 目が合った人間は、逃げるように気まづそうな雰囲気を醸し出しながら顔を逸らした。


「桜坂さんであれば、常日頃から同じような視線を受けているのでは?」


 実際、桜坂は校内では三大美少女と呼ばれるほどの人気者。

 見慣れているはずのクラスメイトですら、横を通り過ぎるだけで視線が引き寄せられている姿を何度も見かけている。

 俺が今はyukiの姿だとはいえ、間違いなく視線の原因は桜坂の方にもあるだろう。


「そんなことないよ! 皆、yukiさんが魅力的な人だからつい見ちゃうんだから!」

「そ、そうですか……」


 瞳を輝かせながら、桜坂が顔を近づけてくる。

 正直、学校での桜坂を知っているため「そんなことはない」と言い返したいのだが、この圧には思わず気圧されてしまう。

 ……待て、なんで褒められているのに気圧されるんだ?


「まぁ、とりあえずせっかくなんで早く楽しんじゃお!」


 桜坂はボールを手に取り、レーンへと向かっていく。

 先に設定しておいたが、先行はじゃんけんで勝った桜坂だ。


「あ、そうだ」


 しかし、レーンに向かった桜坂は立ち止まって振り返った。

 そして、ニヒルな笑みを浮かべて挑発気味に口にする。


「このゲーム、私と賭けをしない?」

「賭け?」

「負けたら、相手の言うことを聞く的な!」

「ふむ……」


 まぁ、罰ゲームがある方が面白いというのは分かる。

 勝負に真剣になるし、負けたくないからこそ遊び心なしで本気で互いが戦えるからだ。

 実際、榊原とはたまにゲームで勝負をするし、こういうスタンスは勝負心多感な男の俺にとってもありがたい。

 でも―――


(俺が変なことを命令したらどうするつもりなんだよ)


 ……いや、桜坂は俺が女だと思っているから別に問題ないのか。

 そもそも、俺も桜坂に対して変な命令をするつもりはないが。精々、肩もみとかそこら辺で済ませるつもりだ。


「分かりました。ちなみに、桜坂さんは何をお願いされるつもりですか?」

「それはですね―――」


 ニコッ、と。ニヒルな笑みから一変して可愛らしい笑みを浮かべた。


、です!」


 それを聞いて、俺は思わず口元を緩めてしまった。

 てっきり、いつも教室で見ている桜坂であれば「一緒に写真を撮ってほしい!」とでも言うと思っていたのだが、まさか再度今日みたいなものを望むとは。


「じゃあ、この勝負は負けるわけにはいきませんね」

「えっ、そんなに私と遊ぶのが嫌なの!?」

「あはははっ」


 ぶっちゃけ、こうやって俺が女装しているのがバレる危険性は避けたい。

 ただ、こうした純粋な気持ちを向けられてしまうと少しぐらいはリスクを踏んでもいいのでは? と不思議なことに思ってしまう。


(これも桜坂の魅力なのかね?)


 普段はあまり異性と話さない桜坂。

 それでも、容姿だけではない人気の理由を垣間見られた気がする。


「ちなみに、yukiさんが勝ったら何をお願いするつもりなの?」

「あー、それは―――」

「ま、まさかいやらしいこと!?」


 垣間見られたが、それも一瞬だったようだ。


「……この流れでそれはないでしょう」


 桜坂が「俺と遊びたい!」という可愛らしい理由で、どうして俺が「いやらしいことをしたい!」になるのか。

 それだと、あまりにも俺が鬼畜すぎるだろう。加えて、空気の読めない変態にジョブチェンジしてしまう。

 っていうか、今は女の子扱いの俺が何故同性にいやらしいことをすると思ったのか? 桜坂の思考回路は本当に謎だ。


「(まぁ、キスぐらいまでだったら全然おーけーなんだけどね)」

「ん?」

「なんでもないよ~♪」


 何か言っていたような気がするのだが、上機嫌な桜坂はレーンへと体を戻していく。

 本当に、桜坂はよく分からない。というより多々良さん然り、姉さん然り、女の子全般が未だによく分からない。

 女装していてよく同じモデルさんと一緒になることがあるはずなのに、こればかりは未だに理解できないものだ。


(……まぁ、桜坂が上機嫌ならいいか)


 俺は苦笑いを浮かべると、そのまま椅子へと腰を下ろした。

 すると、桜坂がちょうどいいタイミングで投球のモーションへと入る。


「言っておくけど、yukiさん。私、結構上手だからね!」


 そして、桜坂はピンに向かってそのまま真っ直ぐにボールを放っていったのであった。

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