既視感
つつがなくゲームは進行し、なんのアクシデントも起こることなく1ゲームが終了した。
スコアは138と99。
言うほどやり込んでいないとはいえ、流石に女の子に負けることはなかった。
「悔しい……負けたっ!」
椅子に座りながら、桜坂は悔しそうな顔をする。
勝負ごとに負けたからか、俺に罰ゲームを与えられないからか。その表情は、まるでオリンピックの最終予選で敗退した競技者を連想させた。
「女の子の中では上手い方だと思ってたのに!」
相手は男の子だからね。
「この私が女の子に負けるなんて……ッ!」
相手は男の子だからね。
「ですが、後半は追い上げられました」
ダブルも取られたし、あの調子のまま1ゲーム通されていたら負けていたのはこちらだろう。
女の子の中では上手いというのもあながち間違いではなさそうだ……女の子の中では、ね。
「ぐぬぬ……yukiさんの笑顔が妙に腹立つ!」
しまった、いつの間にか笑みが零れてしまっていたようだ。
思っていたほど、自分の中ではこの勝負に勝てたことが嬉しかったらしい。
「でも、そんな嬉しそうなyukiさんの笑顔が可愛くて素敵!」
「……ありがとう」
一気に笑みが元に戻ったよ。
(バレるのは問題だが、少しぐらいは男らしさを感じてほしいものだ)
女装しているだけで、かっこよさがこれほどまで失われるとは。
俺にはもしかして日本男児としての素質がない? いいや、そんな馬鹿な。これでも姉さんには「ゆうくんはかっこよくて可愛い男の子だよ!」と昔からよく褒められるのだから―――あれ? 昔から可愛い要素があったのか?
(まぁ、いっか)
どうせ女装した時の評価なんて一時のものだ、男らしさは普段の時に磨くとしよう。
とりあえず、俺は悔しがる桜坂を他所に腰を上げた。
「どこか行くの?」
「いえ、飲み物でも買ってこようかと。次のゲームを始めるにしても、飲み物があった方がいいでしょ?」
「じゃあ、私も―――」
「いいですよ、一人で。ゆっくり休んで是非とも次は頑張ってくださいね」
「ぐぬぬ……ッ!」
桜坂が更に悔しそうな顔を見せる。
少しからかっただけでこのように面白い反応を見せるのだから、ついもう一度したくなってしまう。
(ほんと、こんな姿をクラスの連中が見たら卒倒しそうだな)
それが今や俺にしか向けられていない。
今にして思えば、この状況は酷く贅沢なことなのではないだろうか?
あの学園で有名な三大美少女。その一人と一緒に二人きりで出掛けている。
彼女には振り回されることも多いが、今楽しいと思えているのは正直な話事実だ。
(これが男の状態だったら、喜びに喜べるんだろうが)
まぁ、yukiの姿ではなかったらそもそも彼女は話しかけもくれなかっただろう。
騙しているような、もったいないような。複雑な気持ちを抱きながら、ボウリング場の隅にある自販機でそれぞれ選べるよう違うものを購入して自分のレーンへと戻る。
その時———
「ねぇ、君一人?」
「連れの人はどこに行ったの?」
「もしよかったら、俺達三人だからさ。一緒にやらない?」
「い、いえっ! 間に合ってますから!」
ふと、自分達のレーンに知らない男の姿が三人も見えた。
その男達は桜坂を取り囲み、何故か顔を近づけては笑みを浮かべている。
一方で、桜坂は突っ撥ねようとしているのか表情を厳しいものにしつつも、体は少し退いていた。恐らく、己も負けないよう対抗しているのだろう。
(ナンパかよ……)
確かに桜坂が誰よりも群を抜いて可愛いのは認めるが、白昼堂々とは。
俺は大きなため息をついて、速足で桜坂の下へと戻った。
「あの、私の連れに何か御用でしょうか?」
俺が割って入ると、全員の視線がこちらに向く。
すると―――
「え、君の連れってこの子?」
「うわっ、超美人じゃん!」
「見た目若そうに見えるけど、この子と同い歳?」
男達は下卑た瞳を浮かべてこちらげ顔を近づけてきた。
……ヤバい、想像以上に気持ち悪い。背筋に悪寒が。
「ねぇねぇ、君からも何か言ってやってよ。俺達と一緒に遊んだ方が楽しいでしょ?」
どこの観点を切り取ったらそんな風に見えるのか? 特段かっこいいわけでもなく、集団だから調子に乗っている人間と一緒に遊んで、楽しいはずもない。
かっこいいだけなら、榊原の方が圧倒的に上だ。甚だ癪なことではあるが。
「すみません、そういうのは結構です」
「えー、ノリわるぅー」
「何か理由でもあんの?」
理由……理由、ねぇ。
「きゃっ!」
俺は桜坂の腰を掴んで、思い切り引き寄せる。
そして、男達に向かって真っすぐに言い放った。
「今はこの子とのデートなんだ。邪魔すんなよ、軽率野郎が」
キツく睨んでしまったからか、男達は一瞬押し黙ったあとにそのまま背中を向けた。
「い、行こうぜ!」
「今時女の子同士でデートとか」
「いくら可愛くても、変な趣味はお断りだ!」
そそくさと立ち去っていった男達。
あの程度で引き下がるなら、初めからナンパなどしないでほしい。せっかくこの状態でも楽しいと思えてきたのに、水を差された気分だ。
「大丈夫か、桜坂?」
「う、うん……大丈夫」
俺は腰から桜坂を離し、顔を覗き込む。
特に乱暴された形跡こそないが、顔が湯気でも出てしまいそうなほど真っ赤に染まっている。
もしかして、抱き寄せてしまったことが問題だっただろうか? 男達にアピールするためだったとはいえ、軽率な行動だったのかもしれない。
暴力沙汰はもしかしたらyukiとして問題になってしまうためこのような方法しか思いつかなかったのだが、本当に気をつけた方がいいな。最近多々良さんにも言われたことだし、中身は男なのだから。
(っていうか……)
こんなシチュエーション、前にもあったような?
そういえば俺がyukiとして活動する前、姉さんと出掛けていた時に同じようなナンパされている女の子の間に割って入ったことが―――
♦♦♦
(※久遠視点)
どうしよう……顔の熱が全然引いてくれない。
(びっくりしたぁ……)
まさかナンパされちゃうなんて。
しかも、またyukiさんに助けられちゃった。
(本当にどうしよう……)
ドキドキが止まってくれない。このままじゃ、変な女の子って思われちゃう。
それもこれも、助けてほしい時に助けてくれる竜胆くんが悪いんだ。
(竜胆くんの、ばかっ)
でも、やっぱり……大好き。
私、思った以上にゾッコンだなぁ。
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