屋上で二人きり

「はぁ、はぁ……なんで逃げるの……」

「はぁ、はぁ……逆になんでここまで追ってくるんだよ……」


 まさかこの歳になって鬼ごっこで遊ぶとは思わなかった。

 教室を出てしばらくホームルームが始まるまで身を隠そうと思っていたのだが、桜坂はそのまま追いかけてきた。

 運動部に所属していないとはいえ、俺は男だ。

 今更女の子になど負けないだろう……そう思っていたのに。


「屋上までついて来やがって……ッ!」

「こ、これでも中学まではピチピチの陸上部だったからね……ッ!」


 なんだよ、ピチピチのって。

 今でも年齢的にはピチピチじゃないか。姉さんと多々良さんが聞いたら怒るぞ。


「ふふふ……もう逃げ場はないんだよ。屋上の扉は私の後ろにしかないからね」

「チィッ!」


 鬼ごっこに興じていた間に、もうホームルームの時間は始まってしまった。

 そのため、実質サボることになった俺達以外に、この場は生徒がいない。

 故に、今は誰のヘルプも入れられない状況で、袋の鼠状態。まさかここまで追い込まれるとは思っていなかった。


「そもそも、なんで逃げるのさ。私、そんなに嫌われるようなことした?」


 嫌われるようなことはしていないが、苦手になるようなことを昨日されたなと思った。


「……私はただ、竜胆くんとお話がしたかったのに」


 そう言って、少し悲しそうな顔を浮かべる桜坂。

 その表情を見ると、どことなく罪悪感が胸の奥に襲い掛かってくる。


(さ、流石は美少女……いちいち顔が反則級だろ)


 今思うと、こんな三大美少女の一人に「二人きりで話さない?」と屋上に呼ばれるなど、この学校の男子にとってむせび泣きそうなほど嬉しいシチュエーション。現に、教室を出る際にはかなり嫉妬と羨望の眼差しを受けた。

 どうして俺は美少女の呼び出しですら満足に喜べないのだろう? ここまで引っ張ったのは俺のせいとはいえ、大学生活を謳歌している姉さんを恨まずにはいられなかった。


「私ね、竜胆くんにお話があるの」


 とはいえ、この悲しい顔を笑顔に変えさせるためにyukiの話はしてはいけない。

 どうせ、特に先生からの用事もなく俺に話しかけたんだ……大方、yukiと俺が似ている件についてのはず。

 流石の俺も、昨日の今日だと予想ができる―――


「竜胆くん、とりあえず脱いでくれないかな!?」


 流石に予想ができなかった。


「え、なに痴女!? 今日のパンツは黒です自信がありませんっ!」

「ち、ちちちちちち違うしっ! 今のは着替えてほしいってだけで私は誰とも付き合ったことないし処女だしッ!」

「ごめん、後半の話は開示する必要のなかったものだ!」


 男に興味がないとは公言していたが、初めてを終えていないかどうかは秘密情報のはず。

 とりあえず顔を真っ赤にしてテンパっている桜坂のためにも、今のは聞かなかったことにしよう。


「ごほんっ! り、竜胆くんには容疑がかけられています」


 顔を真っ赤にしていた桜坂は咳払いをして気を取り直し、何故かあらぬ罪を着せ始めた。

 さっきから思うが、見た目ギャルい割にはうぶでかなり可愛く見えてくる。

 そのおかげか、俺の心にあった苦手意識も、徐々に緩和されていくような気がした。


「ポリスメンさん! 俺にかけられた容疑ってなんでしょう?」

「『竜胆くん、yukiじゃね? 容疑』です」


 Oh……。


「今まで話して来なかったから分からなかったけど、この前廊下で話した時「あれ? 誰かに似てるなー」って思ったんだよ」

「思ってしまいましたか」

「そして、昨日yukiさんを生で間近で見て私の中の線が綺麗に繋がった……これ、竜胆くんじゃね!? って!」


 昨日会っただけで、まさかここまで勘づかれるとは。

 流石に身近な人間だと、見比べれば分かってしまうものなのだろうか? 今まで一度も勘づかれたことなんてなかったのに。


(クソッ……だから三大美少女と関わるのは嫌だったんだ!)


 好きだと言ってくれるのは女装している時とはいえ嫌ではないが、こういうリスクがあるから彼女達は苦手である。


「つきましては、私の制服を着てメイクをさせてください! そしたら、竜胆くんがyukiさんなのかも分かる―――」

「いや、自分のコスメじゃないと肌荒れするかもしれないから嫌だ」

「えっ?」


 しまった、つい反射的に。


「やっぱり! そうだと思ったんだよ!」


 ズカズカと、失言のせいで桜坂が足を進めて俺へと顔を近づけてくる。

 美少女が迫ってきて、この状況にもかかわらず心臓がドキドキしてしまう。

 それは、桜坂が滅多に男に対してこの距離で顔を近づけない女の子だからなのだろうか? 特別席に座っているから、正体がバレそうになっている現状でも鼓動が早くなっているのだろうか?


(い、いや……そんなことよりもまずは考えろ! この状況から脱する方法を!)


 いくらなんでも、俺がyukiだということは隠したい。

 どこから情報が漏れるか分からないし、口止めしても余計なリスクを負うのは愚策。

 かといって、ここまで確信を持って瞳を輝かせる桜坂には安易な否定など信じてもらえないだろう。

 またこうやって迫られて、真実を確かめようとして来るはずだ。傍から見ていた俺でもそういう子なんだと充分に理解している。


「ねぇ、あなたはyukiさんなんでしょ!?」


 両立は無理。

 隠しながら桜坂を納得させるのは不可能。

 故に、ここは妥協案を提示しなければ―――


「yukiは……」

「うんうんっ!」


 言い淀みながら思考すること数秒b

 俺は眼前に迫っている桜坂へ、額に汗を滲ませながら言い放った。


「お、なんだッッッ!!!」

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