誤魔化し

 正直、自分で口にしておいて「馬鹿か」とは思った。

 yukiはkaedeの妹ということにメディアでは言っており、yukiの兄だということなら俺はkaedeの弟でもあるということになる。でも実は妹など俺にも姉さんにもいなくて、妹は弟で弟は俺で……なんだこの複雑な関係は? 余計にややこしくなっているような気がしなくもない。


「……妹?」


 その証拠に、懐からコスメポーチを取り出していた桜坂が怪訝そうな顔をした。

 何故相手の承諾もなしにメイクの準備を始めようとしているのか不思議で仕方がない。


「そ、そうだ……」


 とはいえ、一度口に出してしまった以上、訂正すれば怪しまれてしまう。

 これはなんとしても口八丁で押し通らなければ。


「yukiにお兄さんがいるって情報はなかったはずなんだけど」

「兄だって情報が公開されたら、騒がしいことになるからな。俺が黙ってもらうようお願いしたんだ」

「だったら、kaedeさんは竜胆くんのお姉さん?」

「その通りだ!」

「毎日お家で一緒?」

「なんだったら姉さんも一緒でいっつも楽しく生活してるね!」


 なんだろう、嘘を嘘で固めてかなり心も状況も苦しくなってきているような気がする。

 これは追求されでもすれば、簡単にボロが出てしまうかもしれない。

 ホームルームも始まってしまったことだし、早々に話を切り上げなければ。


「だから似ているのは当たり前だし、何もおかしなことはない! これで満足したか!?」

「うーん……」


 桜坂はどこか釈然としていないように腕を組んで首を傾げた。

 正直、もう『妹説』を後押しするような言い訳は持ち合わせていない。ここら辺で納得してくれればいいんだが───


「よし、分かった! そういうことだったんだね!」


 と、思っていたその時。

 桜坂は傾げた首を戻して可愛らしい笑顔を浮かべた。


「な、納得してくれたか……」

「うん、納得納得! そっかー……だからyukiさんと似てたのかー」

「あぁ、実はそうなんだよ分かってくれてありがとう……って、どうしてポーチを持って俺に手を伸ばす?」

「……似てるんだったら、ワンチャン竜胆くんは女装が似合う可能性」

「すまない、まったく似合わないんだ」

「本当?」

「…………」


 ……いや、正直かなり女装は似合うと思っている。自分で言うのもなんだが。


「ねぇねぇ、兄妹だったらさ! yukiさん私のこと何か言ってた!? 昨日お話したんだけど」

「そ、そうだな」


 言ってたも何も、あの時会ったのが俺だったのだから何も聞くはずがない。

 だが、言っていたことにしないと『無関心だった』と桜坂が悲しんでしまう恐れがある。


「か、可愛い女の子が「好き」って言ってくれて嬉しかった……って言ってた」

「ッ!? そ、そっかぁ」


 桜坂は一瞬驚くと、すぐさま頬を赤くして表情を崩した。

 それだけyukiの言葉が嬉しかったのだろう……こんな表情を見ると、改めて騙している自分に罪悪感が募ってしまう。

 きっと、正体が俺だと知ったらショックを受けるのだろう。好きなモデルのyukiはただの女装した男なんて酷い話でしかないから。


「できれば、このことは他言無用で。正直、yukiとkaedeの家族なんて知られたら面倒なことになる」

「えー、どうしよっかなー?」


 桜坂は持ち前の可愛さを武器にして顎に手を当てる。


(何故悩む!? まさか、脅す気か!?)


 見た目ギャルいけど、明るくて素直でいい子だと思っていたのに、まさかの脅迫材料に使おうとするとは。

 ここで秘密を守ってもらえなければ、せっかく誤魔化せたのに広まってどこかで嘘がバレてしまう恐れが……ッ!


「ぐっ……! な、ならyukiと会わせよう! これでどうだ!?」

「え、冗談で言ったつもりなのにいいのっ!?」


 しまった、素で驚かれていらっしゃる。

 本当に冗談で言ったつもりだったらしい。


「すまん、俺も冗談───」

「やったー! もう一回yukiさんと会える! ありがとう、竜胆くん……マジでめっちゃ嬉しいっ!」


 言いかけていた言葉はすぐに桜坂に遮られてしまって。

 手を握り、表情にありありと嬉しさが滲んている端麗な顔を見て、俺はその続きを発することができなかった。


 ……ただでさえ、こんな子を騙しているのに。

 純粋にファンとして慕ってくれている子を目の前に、俺の中の罪悪感は「ダメだ」とは言われてくれなかった。


(なにやってんだか……)


 自ら墓穴を掘るとはなんたることだ。己の失態に頭を抱えずにはいられない。

 とはいえ、こうして目の前で喜んでいる女の子を見ていると、心の底までは不快に気持ちにはならなかった。

 俺もyukiとして随分染まってしまったものである。


「じゃあ、連絡先交換しよ! それで、yukiさんの都合のいい日とか教えて!」

「まぁ、了解」

「私の人生を全て絞り尽くしてでも絶対に空けるから!」


 一体君の何がそこまで駆り立てるのか?


「お、おう」


 とりあえず互いにスマホを取り出し、連絡先を交換し合う。

 なんだかんだ、多々良さんと姉さん以外初めて女性と連絡先を交換した気がする。


「あっ……私、男の子と連絡先を交換したの初めてかも」


 ……本当に見た目の割には男関連は希薄なんだな。


「それじゃ、私は先に戻ってるね! ホームルームも始まってるし、説教覚悟で突撃しないと!」


 そして、今度はすぐさま背中を向けて屋上のドアへと走っていった。

 慌ただしいやつというかなんというか。ここまで走ってきた疲労と、今に至るまでの疲労もあって、俺はその背中を追わずに腰を下ろして見送る。

 すると───


「あ、そうだ!」


 桜坂は何かを思い出したかのように足を止めて、花の咲くような笑みを浮かべて振り返った。



って、昨日言えなかったからyukiさんに伝えておいて!」



 今度こそと、そう言い残した桜坂はドアの奥へと消えてしまった。

 騒がしかった屋上も、一人いなくなっただけで一気に静かになる。

 そんな場所へ、俺は身を投げるようにして仰向けに寝そべった。


「……まさか三大美少女様と連絡先を交換してしまうとは」


 関わらないと思っていたのに、こうして二人きりで話して。

 しかも一応誤魔化せたとはいえ、今度yukiに会わせるとまで約束してしまって。

 昨日今日で、本当に環境が一変してしまったような気分だ……それもこれも、桜坂と昨日話したことが原因だろう。


「やっぱり、三大美少女様とは関わるべきじゃねぇな……って」


 言いかけた瞬間、ふとあることを思い出してしまう。


「昨日言えなかったんだったら、次に会う時にお礼を言えばいいじゃねぇか」


 なんで桜坂は、わざわざ言伝をお願いしたのだろうか?



 ♦♦♦



(※久遠視点)


「ふふっ、やった♪」


 屋上から出て、私はゆっくりと階段を降りる。

 ただ、この時の私は鼻歌を歌ってしまうぐらい浮かれていた。


『危ないな……女の子が転んで怪我をしたらどうするつもりだったんだ?』


 昨日yukiさんと出会って思ったこと。


『女の子をこんな大勢で囲んで、お前らは何がしたいわけ?』


 そして、のこと。昨日ちゃんとお話して感じた違和感。

 それらを組み合わせて、私はきっと……上機嫌なんだと思う。

 この今の気持ちは―――決して、ファンってだけの言葉だけじゃない。


「昨日は喋り方変わってたけど、咄嗟の時はやっぱり初めての時と同じだったね」


 気づいているのだろうか? 覚えているのだろうか?

 まぁ、yukiさんからしてみれば当たり前で、気にも留めない……いつもの優しさだったんだろう。


「男の子には興味がないと思ってたんだけどー」


 興味がないって思っていても、女の子だから惹かれたって思っていても、相手が綺麗でかっこいいyukiさんだからって思っていても、結局───


「私も、なんだかんだ言って女の子なんじゃん♪」


 これからホームルームをサボったことで怒られるんだろうけど、そんなの別になんとも思わないだろうなぁ。


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