偶然出会ってしまった三大美少女

 俺は基本的に買い物は最寄りの駅から離れたところで行うようにしている。

 もちろん、本やゲームなどといったものは最寄りだ。

 簡単に言うと、俺がyukiとして必要な物に対しての買い物は気をつけなければいけない。

 家から近いのは新宿だが、それだと万が一学校の連中と鉢合わせてしまう恐れがある。

 変装して行ってyukiだと周囲にバレてしまうのは面倒だが仕方がない。しかし、『yuki=俺』というのだけは避けなければならなかった。


 学校の人間は、yukiの中身である俺のことを見る機会が多い。

 素の俺とyukiの見分けがあまりつかないらしいとはいえ、実際に見られると万が一ということがある。最近では桜坂といういい例が証拠だろう。

 だから、女装に必要な道具はわざわざ少し離れて渋谷にまで足を運ぶのだ───


(まさかモディが一番効率がいいと感じてしまうとは……)


 放課後、俺は早速渋谷にあるショッピングモールにまで足を運んでいた。

 帰りに何故か「一緒に帰ろー!」と言ってきた美少女がいたものの、俺は無視して無事に一人でここまで辿り着いた。

 本当はこの前の撮影の帰りに多々良さんと買うつもりだったのだが、ご機嫌斜めだったせいで俺の目的の物は買えなかった。

 そのため、今日はわざわざ足を運んで補充だ。


「通販でもいいんだが、色と馴染み具合いを確かめるんだったら現物なんだよなぁ」


 男子高校生には似つかわしくない明るい空間。

 ジュエリーだったり化粧品だったり洋服だったり。見渡す限り女性が喜びそうな店ばかり並んでいる。

 こんな場所、正直女装などしなければ一生足を運ぶことはなかっただろう。

 悲しくも、今は徘徊してウィンドウショッピングすること自体に慣れてしまった。


「さて、目的の物も買ったし……これからどうするかねぇ」


 適当に店には入らず歩きながら、これからを考える。

 目的は達成したし帰ってもいいのだが、せっかく電車を乗り継いでやってきたのだから何かを買っていきたいという気持ちもあった。

 とはいえ、買うとしても春物の服は揃えてしまったし、先駆けて夏物を買おうにもまだ店頭には並んでいないだろう。


(まぁ、適当に見回って追加でほしい服があったら買うか。デニムとかもうちょい増やしたいし)


 ありがたいことに、金ならモデル業で稼いだ分がたんまりとある。

 うちの両親は「働いた分は好きに使え」精神なので、未成年で稼いでいた分でもきっちりと全額渡してくれるのだ。

 おかげで、高校生にしては余りある貯金がある。これもあって、中々モデルを辞められずにいるのだが……泥沼から抜けられず、結局こうしてメンズではなくレディースばかり揃えるようになってしまった。女装のさがというのはなんとも恐ろしい。


『ねぇ、あれって……』

『うん、yukiじゃない?』

『話しかけてもいいかな? でも、オフっぽいし一人だからちょっと……』


 歩いているとそんな声が聞こえてくる。

 とはいえ、あくまで一部だ───全員が全員、俺がyukiだとは気づいていないようだ。

 とはいえ、そうでなくては困る。せっかくメガネをかけてウィッグも変えたのだから、すぐ分かったら変装の意味がない。


(まぁ、バレたとはいえあんまり声なんてかけられないけど)


 たまに「写真撮ってほしい」とか言われるぐらい。

 皆気を遣ってくれているのか、それとも単に声を掛け難いのか。

 いずれにせよ、こうして放置してもらえるのだから大変ありがたい。中身は男だし。


「……ん?」


 ふと、歩いていると足が止まった。

 店頭に飾ってあるマネキン……それに着せられている服。

 ゆったりサイズのロゴのTシャツにゆったりとしたパンツ。いわゆるストリート系のコーデ。


(靴はスニーカーでいいとして、キャップもあった方がいいな。バッグはリュックの方がストリート感も際立つし……)


 俺は思わず立ち止まってマネキンを見てしまう。

 こうやってほしいものとは別に目を引いてしまうものを見つけてしまうからこそ、ブラブラと歩くのはやめられない。

 可愛らしい服よりもボーイッシュな服装はyukiには似合うし、是非とも一回試着して───


「……まだ、こっちの方が」


 ───そう思った時、ふと横から声が聞こえてきた。

 マジマジと見ていた間に、他の客も一緒に同じものを見ていたのだろう。

 気づかれる前に退散を……と思ったが、またしても足が止まってしまった。


(……マジか)


 軽くウェーブのかかった黒のセミロング。

 可愛いというより男っ気が滲んで綺麗寄りの端麗な顔立ち。

 美少女だから立ち止まった……というわけではない。単純に、今彼女が着ている制服がであったからだ。

 そして、何よりもこの整った顔も見知っており───


(なんで幾田がここにいるんだよ……ッ!)


 確かに、モディは若い女性が足を運ぶ場所だ。

 しかし学校からも遠く、中々うちの高校の生徒が足を運ぶことはない。

 更に、足を運んでいた生徒はうちのクラスで、あの三大美少女の一人である幾田由香里ときた。

 こんな偶然がまさかあるとは。


(さ、さっさと離れるか)


 一回着てみたかったのだが、そうも言ってられない。

 気づかれる前にさっさとこの場から離れ───


「店員さん、これ私に合うと思いますか?」


 ───ようとしたその時、手にペットボトルを持った幾田が声を掛けてくる。

 なんでそう思ったのかは知らないが、俺を店員さんだと勘違いしているようだ。


「……すみません、私は店員ではなく」


 無視するわけにはいかないので、yukiとしてトーンと喋り方を変えて返事をする。

 すると、幾田は人違いをしたことに対して驚きながらも頭を下げた。


「ごめんなさい、綺麗な方だったのでてっきり店員さんかと……」


 なんだろう、こうして対面で言われると女装しているのに嬉しく思ってしまう。


「というか、もしかして……yukiさん、ですか?」


 ビクッ、と。背中が跳ね上がる。

 一般人に言われるのはそこまでだが、知り合いに聞かれるとやっぱり心臓に悪い。

 というよりyukiだとは気づいても俺が竜胆祐樹だとは気づいていないようだ。

 まぁ、なんだかんだ話したことも業務連絡の一回二回程度だし、それでも勘づいた桜坂が特殊だったのだろう。

 ここで否定をしてもいいのだろうが、とりあえずyuki状態で否定して「なんか誤魔化されたんですけどショック」的な変なことを書かれると面倒だ───


「そ、そうですけど」

「あ、やっぱり! うわ、やばマジでどうしよ……!」


 出会ったことに驚いたのか、生で見られたことに喜んでいるのか。

 いつもクールなイメージがあった幾田が、珍しく取り乱している。

 手に持っていたペットボトルもわたわたと手を行き来していて───


「あっ!」

「あっ」


 俺の服へと中身がぶち撒けられた。


 ……なんで蓋をしてないんだよ。

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