帰宅

 桜坂との外出から帰ってきた俺は、靴を脱いですぐにリビングへと向かった。


(まさか、桜坂に好きな人がいたとは……)


 思い出すのは、別れ際に言われた言葉。

 学校では異性と交流している姿を見せないし、学校外の人間だろうか?

 普段は見た感じギャルっぽい感じだし、大学生とかそこら辺かもしれない。もちろん、勝手な偏見だが。

 学校の人間だとすれば、榊原か? 最近交流しているし、それだと美男美女って感じで想像がつく。


(案外、そうなのかもなー)


 まぁ、他人の恋路に首を突っ込むのも野暮な話。

 できるだけ見守ろうと、そう思いながらリビングのドアを開いた。


「っていうか、そもそもなんでそんなことをyukiに言ったんだか───」

「ゆうくん助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

「げふっ!?」


 リビングに入った途端、見事なタックルがボディに炸裂する。

 当たりどころが悪く、鳩尾に入ってしまったことによって俺はその場で膝をついてしまった。


「ゆうくん、鳴ちゃんが虐めるの!」

「で、できればそのまま虐められ続けろクソ姉が……ッ!」


 帰宅早々タックルしてきたのは、我が姉でありモデルの竜胆楓。

 何があったのかは分からないが、人の心配をせず助けを求めるとはいい度胸だ。


「あら、お帰りなさい」


 一方で、リビングではこの前も待ち構えていた多々良さんの姿が。

 テーブルの上には二人分のノートと教材が並んでいる。


「……レポートっすか?」

「まぁね、そこの女の子がこの前サボったせいで期限ギリギリなの。それで、仕方がないから手伝ってあげてるんだけど───」

「私はレポートなんかやりたくないっ!」

「……………………粗大ゴミのシールってどこにあったっけ?」

「捨てる気!?」


 多々良さんに手伝ってもらって放棄とは、なんとも我儘な姉である。


「ぐすん、ゆうくんが冷たい……って、あれ? 珍しいね、ゆうくんが私達以外の時にその格好でお出掛けするなんて」


 姉さんが膝を着く俺の後ろに抱きつきながら、ふとそんなことを言い始めた。

 問答の前に重いから早く離れてほしい。


「今日は用事があって」

「用事って、この前の子?」

「そう、っすね……」


 多々良さんが言っているのは、恐らく桜坂のことだろう。

 以前楪とも会ったが、こうして出掛けているほどと推測するのは二度も会った桜坂しかいない。


「ふぅーん……」


 俺がそう答えると、何故か多々良さんはつまらなさそうに頬杖をついた。

 確かに面白くはない話ではあったのが、ちゃんと答えたのに不思議な反応である。


「私とは出掛けてくれないのに、その子とは出掛けるんだ」

「いや、桜坂は約束があってですね」

「だったら、私とも約束しなさい」


 おっと、何やら追加のお約束が。

 せっかく一つ片付けられたと思ったのに、またしても振り出しだ。


「まぁ、多々良さんだったらいいですけど……」


 事情も知っているし、格好以外は気兼ねなく過ごせる。

 下手に桜坂達とこの格好で遊ぶよりかはだいぶマシだ。それに、美人とお出掛けというシチュエーションは男として断る理由が見当たらない。


「じゃあ、私とも約束!」

「断る」


 こちらは断る理由しか見当たらなかった。


「ぶー、ケチんぼ……って、そうだ! せっかくゆうくんがその格好でいるんだったら───」


 姉さんは俺に抱き着きながら、座っていた多々良さんを手招く。

 首を傾げる多々良さんがこちらまで近づくと、姉さんは徐に懐からスマホを取り出してかざした。


「ゆうくんのインスタ、最近更新できてなかったからねぇ〜! せっかく三人でいるんだったら、撮っておかないと!」


 そう言って、なんの了承もなく姉さんはシャッターを切る。

 自然と目線を合わせてしまったのは、撮られ慣れているからか……染まってしまった俺は少しだけ泣きたくなった。


「楓、あとで私にも送っておいて」

「うぃ♪」


 姉さんと多々良さんが傍でスマホをポチポチと弄り始める。

 その隙に、俺は立ち上がってとりあえずウィッグを外した。


「っていうか、今思ったのだけれど」

「はい?」

「あの子と一緒に出掛けたってことは、yukiが男だってことは話したの?」


 多々良さんがスマホを弄りながらそんなことを言う。


「いやいや、言ってないですよ。気づかれそうにはなりましたが、yukiは俺の妹って設定で誤魔化しましたし」

「へぇー」


 話すわけがない。

 女装趣味の男だと思われてしまうし、yukiが男だとバレてしまえば世間に広まる可能性もある。

 この先自ら引退しても、俺の素性については関係者にしかしないつも───


「でも、なんだかあの子には


 多々良さんがそう口にした瞬間、着替えようとしていた俺の手が止まってしまった。


「……へ?」

「いや、なんとなくよ? 女の勘……っていうわけじゃないけど、yukiとして初めて会った時とこの前あなたに向けていた瞳が似ていたような気がしたから」


 そうだっただろうか? 言われてみれば、確かに幾田の時のような視線は今日はなかったような気がする。

 こう、憧れの人ではなく友達として接しているような。それこそ、学校で俺と話している時と同じだった。

 確かに、俺がyukiだと気づいているからこうして最近接触してきた……というのは、不思議と辻褄が合う。


(……い、いやいや。同じなのは単に桜坂がyukiと親しくなったからって話で)


 バレているなら、あの屋上の時にでも「それって嘘だよね?」などと言っているはずだ。

 接触してきたのも、俺がyukiの兄だからというだけで。

 だから……うん、まだ大丈夫なはず。


「き、気づかれてないと思いますよ……そうに違いないっす」

「ふぅーん……まぁ、あの子だったら気づいていたとしても言いふらすような真似はしないと思うし、別にどっちでもいいとは思うけれどね」


 多々良さんの言う通り、桜坂はたとえ気づいたとしても周りに言いふらすようなことはしないだろう。それは、最近彼女と過ごしてからなんとなくそう思った。


「(ただ、あの子……yukiとして会った時もだったのよね。はぁ、ライバルが増えてちょっと萎えるわ……)」

「ん? 何か言いました?」

「なんでもないわ」


 多々良さんは、そう言ってスマホに視線を落とす。

 そんな姿を見て、俺は思わず首を傾げてしまった。

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