第30話 神獣の実
デルピュネーが繰り出す"尾"の一振りで、数十人の騎士団が薙ぎ払われる。
全員が為す術なく吹っ飛び、地面に叩きつけられた。テオは凄惨な光景を前に、足が
ゴロンと横たわった人たちは、もはや動く気配もなかった。
それでもライアンは騎士団と供に魔獣に突っ込む。呼応するように冒険者たちも剣や槍を振り上げ、加勢に行く。
あんな巨大な魔獣に勝てるんだろうか!?
テオが絶望的な気持ちになっていると、騎士団の一人が飛び出した。
魔獣に迫った瞬間――その姿が消える。
「え!? あれは……」
テオが呆気に取られていると、魔獣が悲鳴を上げ、なにかを追い払うような仕草をしている。
よく見れば魔獣の腕や腹が斬られ、血が滴っている。まるで見えないなにかに斬られているような、そんな不思議な状況だった。
魔獣が気を取られている隙に、ライアンが蛇の胴に一撃を入れる。
大きな傷にはならなかったが、傷口が凍り、デルピュネーが嫌がっているように見えた。
騎士団や冒険者たちも負けじと攻撃を仕掛ける。
デルピュネーに薙ぎ払われる者もいるが、それでも後ろに引かず、攻撃の手を緩めない。
「どうなってるの? テオ。魔獣が大きくなったのに、みんな構わず戦ってる。しかも押してるように見えるけど……」
ミアの疑問はもっともだが、テオはこの状況が理解できていた。
「ここに来た人たちは、デルピュネーが食べた【神獣の実】について知っていたんだ。だから動揺や気後れがない」
魔獣がなんの【実】を食べたのかアメリアさんに聞いておくべきだったが、完全に忘れていた。
この討伐隊で魔獣の能力を知らないのは、恐らく自分たちだけだろう。
「そうかもしれないけど……でも、だからって有利に戦える訳じゃないでしょ!? 相手はあんなに大きいのよ!」
「うん、もちろん。有利に戦ってるのは、ライアンさん以外に能力者がいるからだよ」
「能力者?」
「さっき騎士団の人が突然消えたんだ。たぶん、あれは【ギュゲスの実】だよ。5分間だけ、体を透明にして姿を隠せるんだ。見えないところから魔獣を攻撃して、注意を逸らしてる。だから他の人の攻撃が当たるんだ」
「透明!? そんなことできる【実】があるなんて……」
ミアは驚きを隠せず、ウーゴも「す、凄い……」と言い、口をあんぐり開けていた。
テオたちが見つめる中、さらに予想外のことが起きる。
ライアンの姿が突然消え、デルピュネーの真横に現れた。間髪入れず魔獣を斬りつけると、飛び退いて相手との距離を取る。
一瞬、なにが起きたのか分からなかったが、少し離れた場所に杖を構える冒険者がいた。
その冒険者に向かってライアンが叫ぶ。
「もう一度だ! もう一度頼む!!」
冒険者はコクリと頷き、杖をかかげる。先端に付いた魔石が輝き、ライアンの全身を光に包んだ。
次の瞬間、またしてもライアンの姿が消えた。
テオは目を皿のようにして見つめる。一秒ほどすると、ライアンは魔獣の後ろに光と供に現れた。
剣を振るい、デルピュネーの尻尾を斬りつける。傷口は凍り始め、氷塊が盛り上がった。デルピュネーは顔を歪め、蛇行しながら後ろに下がる。
明らかに戸惑っているように見えた。
「あれは……まさか……」
「どうしたの? テオ」
ミアは怪訝な表情で尋ねる。
「あの冒険者が使ってる能力……あれは【ヘカテの実】だ! 人間を別の場所に移動させることができるんだよ」
「それでライアンさんが消えたり、現れたりしてるの?」
テオは頷き、戦場を睨む。そこにはさらに信じられない光景があった。
騎士団の一人が飛び出し、巨大な魔獣に突っ込んでいく。長い槍と大きな盾を持った男性。体は大きく、ウーゴと同じくらいの
騎士は盾ごと体当たりし、槍を突き立てた。
大きさが違い過ぎるため、大したダメージは見込めないだろう。そう思ったテオだったが、現実はまったく違った。
魔獣の体がグンッと動き、そのまま押し込んでいく。
なにが起きたのか分からず、戸惑ったのはテオだけではない。デルピュネーもまた困惑したまま山肌に叩きつけられた。
小さな呻き声を上げたあと、大柄な騎士に向かって爪を振り下ろす。
騎士は盾で防御し、槍を振るって魔獣の体に叩きつける。巨大な魔獣がグラリと揺れた。
テオは自分の目を疑ってしまう。
あんなに体格差があるのに、騎士は構わず力勝負に出ていた。何度も槍を突き立て、魔獣の攻撃も大きな盾で防ぐ。
テオはその戦いぶりを見て確信した。
「やっぱり、あの魔獣を倒すために能力者を集めてきたんだ」
「え? どういうこと?」
ミアはまだ戸惑っているようだ。テオはニッと笑い、戦場を見つめる。
「あの大きい騎士の人も能力者だ! たぶん、凄い怪力が出せる【ヘラクレスの実】だと思う。【アダマスの実】と同じように、伝説の英雄が使った有名な実! これで騎士団から三人、冒険者から一人。計四人の能力者がそろった。きっとこれなら勝てるよ!」
テオは興奮気味に叫ぶ。氷を操るライアンさんと、透明になれる斥候、
充分勝機はある! そう思ったテオだったが――
「ガアアアアアアアアアアアアア!!」
デルピュネーの咆哮。ピリピリと空気が震え、騎士団と冒険者の足が止まる。魔獣がガバリと動き、腕を振るった。
なにかを掴んだように見えたが、それがなんなのか分からない。
テオはさらに目を凝らす。すると魔獣の手の中に、一人の騎士が捕まっていることに気づく。
「え?」
テオは唖然とした。捕まった騎士は必死に藻掻いて逃げようとしたが、デルピュネーに握りつぶされ、絶叫しながら死んでいった。
恐らく、透明になって戦っていた騎士だ。
――透明になれる時間が切れたんだ。【ギュネスの実】は時間制限がある制約型。切れた瞬間に捕まったのか……。
盾を構えた大柄の騎士が突っ込む。魔獣も負けじと頭から突っ込んだ。魔獣の頭と騎士の盾が衝突し、轟音が鳴り響く。
騎士は力負けせず、魔獣の攻撃を防ぎ切った。だが、デルピュネーは巨体に似合わない動きを見せ、騎士の背後に回り込む。
騎士もついていこうとするが、重武装が邪魔をし、素早く動けない。
魔獣は腕を振り上げ、鋭い爪を騎士の背中に突き立てた。大柄の騎士は口から血を吐き出し、その場で膝をつく。
「ああ……」
テオの口から絶望が漏れる。いかに怪力の超人となれる【ヘラクレスの実】でも、【アダマスの実】のような鋼の肉体になる訳じゃない。
攻撃が通れば普通に死んでしまうのだ。
テオが抱いた希望が、急速に
デルピュネーはすぐさま体を回転させ、長い胴体を鞭のようにふるってライアンに叩きつけた。
ライアンの剣は折れ、鎧は砕け、血を吐いて二十メートル以上吹っ飛ばされる。
地面に突っ伏したライアンが再び立ち上がることはなかった。テオたちは絶望し、恐怖で動けなくなる。
デルピュネーは少し離れた場所にいた冒険者に狙いを定め、突っ込んでいく。
【ヘカテ】の能力を使う杖を持った冒険者の男だ。男は慌てふためき、背を向けて一目散に逃げ出す。
なぜ"転移"の力を使って逃げないのか? と思ったテオだが、すぐに気づく。
「そうだ……確か【ヘカテの実】も制約型だったような。だとしたら使える回数が限られてるのか?」
魔獣はあっと言う間に冒険者に迫り、頭を食いちぎる。残った体は力なく倒れ、男は絶命した。
四人もいた能力者が、全員殺されてしまったのだ。
テオは足に力が入らず、ガクガクと震えてしまう。これが神格獣……誰も討伐できなかった魔獣。
「む、無理だ……【ギガントの実】を食べた魔獣なんて、勝てる分けない!」
一歩、二歩とあとずさるテオに、ミアが大声で注意する。
「テオ! どうするの!? このままじゃみんな殺されちゃう! 死んじゃうんだよ!!」
ミアの言葉で、テオは足を止めた。
――そうだ……僕が逃げたらみんな殺されてしまう! もう【能力者】は僕たちしかいないんだ。なんとかするしかない!!
冒険者の何人かは逃げ出していたが、アメリアのパーティーを始め、多くの人たちがまだ戦っている。
「行こう、ミア、ウーゴ! 僕らで魔獣を倒すんだ!!」
「前に言ってた【
ミアの問いに、テオは小さく頭を振る。
「さすがにあんな大きい魔獣を
その話を聞いたミアは、真剣な目で魔獣を見た。
「……分かったわ。私とウーゴでなんとかしてみる。最後の
テオとウーゴは覚悟を決めた表情で頷く。
三人は同時に地面を蹴り、戦場へと向かって駆け出した。
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