第31話 迷いのない瞳
アメリアはデルピュネーの爪をかわし、後ろに飛び退いた。
なんとか踏みとどまって前を向くも、魔獣は牙のある口を開き、舌なめずりしていた。嫌な汗が、
アメリアと同じパーティーの冒険者たちも、ハァハァと肩で息をし、消耗しつつあった。今のままではいずれ殺されてしまう。
――逃げるべきか? いや、疲れ切った私たちが逃げても、すぐに追いつかれてしまうだろう。かといって戦い続けても殺されるだけ。
引くことも、進むこともできない。身動きがとれないことに、アメリアは悔しくてギリッと奥歯を噛む。
「アメリア、ここは一斉に攻撃を仕掛けるしかない。相手に致命傷を与えてから、ここを離脱するんだ。それ以外、逃げ切る方法はないだろう」
進言してきたのはパーティーのリーダー、ブルーノだ。ベテランの冒険者であり、前衛を務める屈強な男性。アメリアが全幅の信頼を置く人物だ。
「ブルーノ……確かにそれしかないかもしれないが、こちらもただでは済まない」
「覚悟のうえだ。俺たちのパーティーは数々の死線をくぐってきてる。ここで
振り向くと、パーティーのメンバーたちが苦しい中でも笑顔を見せる。アメリアは覚悟を決めた。
「分かった! なにがなんでも生きて帰ろう!!」
「「おお!!」」
全員が一斉に駆け出し、魔獣に向かって突っ込む。それぞれが持つ『アーティファクト』の武器が輝き、魔法を行使する。
アメリアの"炎の剣"が魔獣の胴を斬り裂くと炎が移り、広範囲を焼いていく。
デルピュネーが反撃すれば、その鋭い爪をブルーノは大きな盾で防いだ。すぐさま持っている斧を地面に叩きつける。
"土"の魔法が使える『アーティファクト』の斧。地面は盛り上がり、長く大きな突起物となって魔獣に襲いかかる。
デルピュネーはこれを嫌がり、後ろに引いて攻撃をかわした。
「今だ! 畳みかけろ!!」
ブルーノの声に、仲間の冒険者が応える。
弓を持った髪の長い女性は矢をつがえ、躊躇なく放つ。矢は風に乗って速度を増し、恐ろしい速さで魔獣の肩口に突き刺さる。
「ガアアアアアアアア!!」
魔獣は怒り狂い、矢を放った冒険者を
外れることのない矢にデルピュネーは激怒し、弓使いに襲いかかる。
アメリアとブルーノは
「ひっ」
弓使いは逃げようとしたものの、デルピュネーの方が遙かに速い。
魔獣の爪が迫った瞬間、二人の冒険者がデルピュネーの前に立ちはだかる。二人は長い槍をかかげ、デルピュネーの攻撃を
槍からは稲妻が
デルピュネーは唸り声を上げて後退した。さすがに電撃魔法は効いたようだ。追いついたアメリアとブルーノは同時に攻撃を仕掛ける。
炎の斬撃がデルピュネーを斬りつけ、土の突起物が体に突き刺さる。
巨大な魔獣は血を流し、苦しげな悲鳴を上げていた。
アメリアはパーティーの連携に、確かな手応えを感じる。
「いける! このまま押し切れれば――」
次の瞬間、パーティーメンバーの全員が宙を舞う。デルピュネーが体を回転させ、尻尾で冒険者を薙ぎ払ったのだ。
アメリアは意識が飛びそうになるのを必死に耐え、辺りを見回す。
ブルーノもその他の仲間も血を吐き出し、激しく地面に叩きつけられていた。アメリアも地面に激突し、体に激痛が走る。
目を移せば、手にしていた剣が折れていた。
これではもう戦えない。アメリアは体を動かし、仰向けになった。空を仰ぎ見て、自分の無力さを痛感する。
――ここまでか……この討伐は自分が望んで受けたもの。後悔はない。
そう思ったが、一つだけ気になることがあった。後方に控えているはずの、ライツたちだ。
どう考えても、ライツと少女の二人は子供だろう。いくら冒険者の登録をしているとはいえ、こんなところで死ぬべきじゃない。
すでに逃げていてくれ、とアメリアは強く願った。
だが――その願いは
ライツたちパーティーが、こちらに向かって走って来るのが見えたからだ。
地面に倒れたままのアメリアは、なんとか声を出そうとする。
「く……来るな……殺されてしまう……」
か細く弱々しい声。当然ライツたちに届くはずがない。
ライツは「アメリアさん!」と叫びながら近づいて来る。
「大丈夫ですか!? すごい血が……どうしたら……」
仮面の上からでも分かる。ライツは動揺し、オロオロしているように見えた。
アメリアは精一杯の笑顔を作る。
「ライツ……逃げるんだ。ここにいたら……魔獣に殺されてしまう……」
「アメリアさんたちを置いていけませんよ! 逃げるなら一緒に行きましょう」
とても優しい少年だな。アメリアはそう思ったが、その優しさ
アメリアは目を細め、ライツの瞳を見据えた。
「ライツ……よく聞くんだ。我々はもう助からない……ヤツが我々や……他の連中に気を取られているうちに……君たちだけでも逃げるんだ……それ以外、生き残る道はない」
「アメリアさん」
ライツは悲しそうな顔をした。知り合いを見殺しにするんだ。精神的には相当辛いだろう。
だが命を落とすよりはマシだ。
私の言うことを理解し、ライツは逃げてくれる。アメリアはそう期待していたが、ライツの行動は違っていた。
ゆっくりと立ち上がり、魔獣のいる方向を睨む。
「アメリアさん、ちょっとだけ待ってて下さい。あいつを倒して、みんなを助けますから」
アメリアは呆気に取られる。だが、ライツは迷いのない瞳をしていた。後ろにいた少女や仮面を付けた大きな男も、ライツと同じ気持ちのようだ。
ライツが振り向くと、後ろの二人もコクリと
最後にライツが視線を向けてきた。
「行ってきます」
それだけ言うと、三人は走り出した。
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