第37話 再びギルドへ

 四つの神獣の実を食べてから三日――

 テオはパルキアの町にあるギルドに足を運んでいた。神格獣との戦い以来、ここには来ていなかったが、あの後どうなったかや、アメリアの容体など、聞きたいことがたくさんあった。 

 テオがギルドの扉をくぐるやいなや、「あっ!」と大きな声が聞こえてくる。


「ライツくん! やっと来てくれた」


 受付カウンターからイヴリンが飛び出してきた。目の前にきて、テオの両肩を掴む。


「ど、どうしたんですか? イヴリンさん」

「どうもこうもないよ。ずっと待ってたのになかなか来てくれないから、どうやって連絡取ろうか悩んでたところなの」

「え? なにかあったんですか?」


 テオは困惑してイヴリンを見返す。


「うん、そう! 詳しい話はクラウツさんから聞いて。今、呼んでくるから」

「あ、はい」


 よく分からなかったが、テオは取りあえずクラウツが来るのを待った。

 しばらくすると、カウンターの奥からクラウツがやってくる。


「すいません、お待たせしました。ライツさん」

「いえ……それでお話っていうのは?」


 クラウツは周囲を見渡し、イヴリンに視線を送る。イヴリンはなにかを察したのか小さく頷いた。


「ライツさん、ここではなんですから、奥の執務室に行きましょう。そこで話をさせて下さい」

「は、はい。分かりました」


 クラウツにうながされ、テオはギルドの奥に進んだ。普段は入れない場所だけに、テオはキョロキョロと辺りを見回す。


「こちらにどうぞ」

「はい」


 案内されたのはシックな色合いの執務室だ。どうやらクラウツの仕事部屋らしい。

「座って下さい」とクラウツに言われ、テオは革張りのソファーに腰を下ろす。

 クラウツは対面のソファーに座り、指を組んだ。


「ライツさんが来るのをずっと待っていました。なにぶん、我々からは連絡が取れませんので」


 ギルドに登録する際、住所などを記入する必要はない。町に根ざした冒険者ならともかく、外から来た冒険者と連絡を取るのはかなり大変だろう。


「イヴリンさんも言っていましたが、僕になにか話があるんですか?」


 クラウツは「はい」と言って深く頷いた。


「実は……神格獣を追い払ったライツさんたち三人。今、冒険者の間で話題になっておりまして」

「話題? 僕たちがですか!?」

「そうです。なんといっても、神格獣と戦って追い払ったのですから」

「いや、でも、倒すこともできず、逃げられちゃったんですよ。それで話題になるって言われても……」


 クラウツは「いえいえ」と大きく頭を振った。


「討伐どころか、神格獣を追い払った人間など今まで一人もおりません。みなさんの奮戦のおかげで、多くの人たちが救われたんです。そのことに嘘偽りはありません」

「それは……まあ、そうかもしれませんが」


 テオはポリポリと頭を掻く。褒められるのは嬉しいが、どう反応していいか分からない。クラウツはニッコリと微笑み、話を続けた。


「ライツさんたちの活躍は、ブルノイア公爵様にも伝わっております」

「え!? 公爵様って、すごく偉い人ですよね?」

「はい、そうです。その公爵様が、ぜひライツさんと会いたいとおっしゃっているのです。そのことをお伝えしようと待っておりました」


 一瞬、クラウツさんがなにを言っているのか分からなかった。会いたい? この地域で一番偉い人が?


「いや、ちょっと待って下さい! そんな偉い人が僕なんかに会いたいなんて……ど、どうしたらいいか分からないですよ」


 必死に断ろうとしたテオだが、クラウツは好々爺こうこうやのように微笑むばかりだ。


「そんなに大仰おおぎょうに考えなくてもよいかと。公爵様はライツさんたちにお礼が言いたいとおっしゃっているそうです」

「お礼、ですか?」

「はい、ライツさんたちが神格獣を追い払わなければ、騎士団を始め、冒険者の多くも死んでいたでしょう。そのことは生き残った人たちが証言しております。公爵様は直接会ってお礼が言いたいそうです」


 テオは考え込んだ。平民の自分がそんな偉い人のところに行って大丈夫だろうか、と思う反面、行かないのも失礼にあたる。

 しばらく悩んだ末、テオはクラウツの目を見る。


「分かりました。ミアとウーゴにも声をかけて、一緒に行きたいと思います。ただ、行く日にちは決めることができますか?」


 学校がある日は行けないし、神格獣討伐の件で怒られたこともあり、もう外泊することもできない。

 すぐに来い、と言われても困ってしまう。そう思って聞いたが、クラウツは柔和な表情で微笑み「ええ、もちろん大丈夫ですよ」と答えてくれた。


「日程はライツさんたちに合わせます。移動の際の馬車はこちらで用意しますので、どうか安心して下さい」

「そうですか、ありがとうございます」


 テオは一旦村に戻り、ミアたちと相談してから日程を決めることにした。


 ◇◇◇


「公爵様に!? 私たちが謁見?」


 授業が終わった放課後。ミアとウーゴに公爵様に呼ばれていることを伝えた。

 ミアはことのほか驚き、ウーゴは首をかしげている。


「うん、クラウツさんが言うには、公爵様が僕らにお礼を言いたいんだって。断る訳にもいかないでしょ?」

「まあ……それはそうかもしれないけど……」


 ミアはとても戸惑っているように見えた。確かに、こんな話をいきなり聞いたら、困惑するのは当然だ。


「学校が休みの日に行こうと思うんだけど、ミアとウーゴもそれでいいかな?」

「日にちって調整できるの?」


 ミアの疑問に、テオは「うん」と首肯する。


「クラウツさんが調整するって言ってたよ。僕たちに合わせてくれるって。公爵様のところまでは、ギルドの馬車で送ってくれるらしい」

「そう」


 ミアは難しい顔で黙り込む。やっぱり公爵様に会うことに二の足を踏んでいるのだろう。だけど、ミアの隣にいたウーゴは違っていた。


「よく分からないけど、会いたいって言ってくれる人がいるなら、会いにいってもいいんじゃないかな。今は畑仕事が忙しくない時期だから、いつ行ってもいいよ」

「ウーゴ、ありがとう。ミアはどうする?」

 

 テオに問われ、ミアは視線を上げる。


「分かった。次の休みに、なんとか時間を空けるから、その日に三人で行きましょう」

「決まりだね。クラウツさんに言ってくるよ」


 テオは明るく答える。この日はこれで帰宅することになり、通学路の途中で二人と別れ、テオは家へと帰った。

 自分の部屋に入り、鞄を置いてふぅーと息をつく。

 クラウツに日程が決まったことを伝えないといけないが、パルキアの町まではかなり距離がある。

 本来は休みの日に行くべきだが――


「それだと間に合わないよね」


 次の休みは公爵様に会いに行かなきゃいけないのだ。

 その前に伝えないと意味がない。変装するマントや仮面が入ったバックを肩に担ぎ、テオは手を前にかざして意識を集中する。


「パルキアの町へ!」


 テオの足元に光の円陣が現れた。部屋の中で溢れた光はやさしくテオを包み、そのまま彼方へといざなう。

 光が収まった室内に、テオの姿はなかった。

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