第36話 四つの実

 その日のうちに四つの実は全て落ちた。

 テオは実を拾い上げ、落とさないように運ぼうとする。

 山を慎重に下っていくものの、両手いっぱいに実を抱えているため、何度も落としそうになる。それでも時間をかけ、なんとか家まで持ち帰った。


「ふ~、実の表面に傷とかはないな……全部無事だ」


 四つの実を勉強机の上に並べ、マジマジと見つめる。青白く菱形をした【フラウの実】、オレンジ色で丸々とした【ヘカテの実】、紺色でゴツゴツした見た目の【ヘラクレスの実】、そして灰色で細長い【ギュゲスの実】。


「持ってきたはいいけど……全部、僕が食べる訳にもいかないし……かと言ってミアたちに食べさせるのも不信がられるだろうし……どうしよう」


 しばらく悩むも、答えは出ない。テオは明日どうするか決めることにした。


 ◇◇◇


「あ、あの……実は二人に話があるんだ」


 授業が終わるやいなや、テオはミアとウーゴに声をかけた。唐突に声をかけられた二人は、互いに顔を見合わせ戸惑った表情を見せる。


「なに? また変な話じゃないでしょうね」


 ミアは険しい顔でテオを睨む。


「い、いや、その、変というか、なんというか……」


 シドロモドロになるテオに、ミアは一層不信感を強める。取りあえず帰りながら話を聞くことになり、学校の校舎を出た。


「――で、今度はどんな話なの?」


 隣を歩くテオに、ミアは厳しい視線を送る。


「うん、説明するのが難しいから……できれば僕の家に来てほしいんだけど。ダメかな?」

「ダメじゃないけど……」


 ミアは困った顔になり、すぐ横を歩くウーゴに視線を向ける。ウーゴはニッコリと微笑んで「僕なら大丈夫だよ。今からテオの家にいくの」と明るく答えてくれた。

 ミアも仕方ないと思ったのか、「分かったわ。私も行く」と、家に来ることを承諾してくれる。

 三人は寄り道せず、まっすぐにテオの家へと向かった。


 ◇◇◇


 家に着いたミアとウーゴは、「おじゃまします」と言って中に入り、テオの部屋へと向かう。母親や祖父は出かけていたため、顔を合わせることはなかった。


「さあ、入って、入って」


 テオは部屋の扉を開け、ミアとウーゴを中に招き入れる。部屋を見渡したミアは、勉強机の上にあるものに気づいた。


「え?」


 ミアは呆気に取られ、言葉が出てこない。遅れてウーゴも机に視線を移す。一瞬、なんなのか分からなかったようだが――


「あれ? これって……」


 ウーゴはのっそのっそと近づき、机を見下ろす。

 そこにあったのは色とりどりの果実。ミアもウーゴも、それが【神獣の実】であることはすぐに分かった。

 ミアは机の上から視線を切り、テオを見る。


「これ、神獣の実だよね。どうしてこんなにあるの!? 簡単に手に入るものじゃないでしょ?」


 当然の疑問だ。テオはもう嘘をつくことはできないと覚悟を決めていた。


「実は……今まで黙ってたんだけど――」


 テオは裏山で見つけた"木"のことを、ミアとウーゴに正直に話した。


「……そんな木があったなんて……とても信じられない」


 話を聞き終えたミアはしばらく放心し、机の上の【実】をジッと見つめていた。ウーゴはなんとも言えない表情で首を捻っている。

 分かっているのか、いないのか……。


「今した話は本当だよ。もし疑うなら、実際に木がある場所に案内しようか?」


 テオの提案に、ミアは手を顎にあて、目を伏せて考え込む。しばらくすると視線を上げ、テオの顔をまっすぐに見た。


「いえ、いいわ。テオの言うことは信じる。でも、とんでもない情報だから、あまり詳しくは知りたくない。変なことに巻き込まれたくないから」

「そ、そう?」


 もう充分巻き込んでしまったような気がするけど……と思ったテオだったが、その言葉は飲み込むことにした。


「それで、この【実】はどうする気なの?」


 テオは机の上に置かれた四つの実に視線を移す。ライアンさんたち、神格獣を倒そうとした騎士や冒険者が残した【神獣の実】。

 その使い方は一つしかないように思えた。


「この実はライアンさんたちの【実】が木になったものなんだ。だから神格獣討伐のために使うべきだと思う。僕たちで食べて、もう一度デルピュネーを倒しに行こう! いつになるかは断言できないけど、それが死んでいった人たちのためでもあると思うんだ」  


 テオの話を聞き、ミアとウーゴはたがいの顔を見交わす。

 少し悩んでいるようにも見えたが、ミアはフーと息を吐き、テオに視線を向ける。


「……分かった。私もずっと心に引っかかっていたし、やっぱり神格獣だけは倒すべきだと思う。ウーゴはどう?」


 ミアに話を振られたウーゴは「ぼ、僕?」と少し慌てた。しかし、すぐに表情を引き締める。


「ぼ、僕も同じ気持ちだよ。あの大きい魔獣は、絶対倒すべきだ。もし、また暴れ出したら大勢の人が死んじゃうだろうし……」


 やさしいウーゴらしい言葉だ。ミアとウーゴは【実】を食べることを了承してくれた。


「でも、誰がどの【実】を食べるかって、もう決めてるの?」


 ミアの疑問に、テオは「うん」と力強く答える。


「まずミアは【ウィンディーネの実】と同じ水属性の【フラウの実】を食べてほしい。扱いは難しいと思うけど、ミアなら使いこなせると思うから」

「分かったわ」

「ウーゴには【ヘラクレスの実】を食べてほしい。【アダマスの実】との相性がいいだろうし、なによりウーゴに向いてると思う」

「分かったよ」

「僕は【ギュゲスの実】と【ヘカテの実】を食べる。この二つは『制約型』って呼ばれる実で、たくさんの能力を持つ僕とは相性がいいからね」


 ミアとウーゴはコクリと頷き、それぞれが実を食べることにした。

 実を体に取り込み、使いこなせるようになったとしても、デルピュネーと再び戦えるかどうかは分からない。

 ひょっとすると、もう"神格獣"と出会うことはないかもしれない。それでも準備だけはしておきたかった。

 それが三人の共通の思いだ。

 しかし――神格獣との会敵は、意外に早く訪れることになる。

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