第35話 死を伝えるもの
テオは肩を落としながら、鉱山の入口近くまで戻って来ていた。
辺りを見渡す限り、多くの人たち倒れてうめき声を上げている。血を流し、まったく動かない者もいる。
テオは生気を失った表情で、フラフラと歩く。
倒せるはずだった【神格獣・デルピュネー】を、あと一歩のところで逃がしてしまった。ミアやウーゴに合わせる顔がない。
そんな落ち込んだ様子のテオを見つけ、ミアとウーゴが駆け寄ってくる。
「テオ、大丈夫!? 魔獣はどうなったの?」
ミアの言葉に、テオは小さく頭を振った。
「ごめん……追い詰めたんだけど、川の向こうに逃げられちゃった」
「そう……仕方ないわ。とにかく、怪我人の手当をしましょう」
ミアに
全員で協力して、怪我人の手当にあたる。テオが特に気にしたのはアメリアの状態だ。呼吸はしているものの意識がなく、かなり危険な状態に見えた。
生き残った騎士団の人に頼み、馬を使ってアメリアを運んでもらう。
大勢の怪我人が馬で運ばれるのを、テオやミア、ウーゴは心配そうに見送った。
「大丈夫かな……アメリアさんたち」
テオが悲壮な表情でつぶやくと、ミアは「助かるって信じるしかないよ」と
その他の人たちにも手を貸し、全員でこの場を離れることにした。
ウーゴは大人三人を背負い、うっほ、うっほと山を下りていく。テオとミアは足を怪我した冒険者に肩を貸しながら、ゆっくりと山を下りた。
テオはチラリと振り返る。
まだ大勢の人たちが倒れたままだ。死んでいる人だけでなく、もう助からないと見込まれた人たちもいる。
その中には騎士団の副団長でもあるライアンさんもいた。
本当は残していきたくないが、全員は運べない。テオは断腸の思いで前を向き、一歩づつ歩いて行く。
ギルドに報告し、すぐに迎えに来てもらうしかない。そんなことを考えつつ、テオは戦場となった鉱山をあとにした。
◇◇◇
テオたちは離れた場所で待機していた後方支援組と合流し、なんとかパルキアの町まで戻ることができた。
クラウツやイヴリンは心配してきたが、自分たちに大きな怪我はない。
三人とも無事であることをクラウツたちに伝え、討伐が失敗したことも話した。
魔獣を鉱山から追い払うことはできたものの、依頼はあくまで討伐。倒せなかった時点で自分たちの失敗は確定したのだ。
クラウツ
つまり自分たちにできることは、もうなにもないのだ。
クラウツとイヴリンに別れの挨拶をし、テオとミア、ウーゴの三人は帰路に着いた。
長い道のりを、肩を落としながらトボトボと歩く。
帰り道。誰も言葉を発しなかった。
それぞれが今回の討伐に、心を痛め、思うところがあったのだろう。村に到着する頃には、日はとっぷりと沈んでいた。
◇◇◇
神格獣との戦いから四日――
テオたちはいつものように村の学校に登校し、授業を受けていた。
無断外泊をしてしまったため、家族や学校の教師からこっぴどく怒られてしまう。必死に言い訳を並べ、なんとか許してもらったのが昨日のこと。
やっと落ち着きを取り戻し、日常生活に戻ってきたところだ。
テオは視線をミアに向ける。廊下側の前の席に座り、真面目に勉強をしている。ミアだけはうまく立ち回り、二日外泊しても特にお
――すごいな。どうやって大人を説得したんだろう?
ミアの頭の良さには、いつも驚かされる。そんなことを考えながら一日の授業を終え、放課後に帰り支度をする。
「テオ、ウーゴ。一緒に帰ろうか」
ミアに誘われ、テオは「うん、いいよ」と答え、ウーゴも同意した。三人は一緒に校舎を出て、並んであぜ道を歩く。
三人とも黙ったまま、誰もしゃべろうとしない。
みんな、あの日のことを気にしているんだ。多くの人が目の前で死に、魔獣も逃がしてしまった。
思い返すな、と言う方が無理だろう。
しばらく無言で歩いていると、ミアがおもむろに口を開く。
「ギルドから……連絡とかはないの?」
テオは
「あれからパルキアの町に行ってないから、どうなったかは聞けてないんだ。近いうちに行こうと思ってるんだけど……」
今後のことはずっと気になっていた。公爵様が新たな討伐隊を組織して、魔獣を倒しに行くのか?
それとも鉱山から追い払えたことを良しとし、終わりになるのか……。
パルキアのギルドに行ってクラウツに聞いてみるしかない。
テオはなにかあったら連絡する、とミアとウーゴに約束し、二人と別れた。
自分の家の近くまで来ると、ふと裏山が気になった。【神獣の実】がなる"木"がある山だ。討伐から帰って以来、あの山には行っていない。
「久しぶりに行ってみようかな」
テオは自分の家を素通りし、山へと足を向ける。デルピュネーとの戦いのあと、悶々と悩んでいたため、山に行く気にはなれなかった。
しかし、木に"芽"がなっていないか確認するのは重要な日課だ。ずっと行かない訳にはいかない。
テオは山を駆け上がり、大きな木の根元に潜り込み、長い穴を抜けていつもの場所に辿り着く。
木からはまだ離れていたが、明らかな異変に気づいた。
「あ! ああ……」
テオは無意識に走り出していた。木の近くまで来ると、マジマジと枝を見つめる。
実がなっていた。しかも一つではない。様々な色と形の【神獣の実】、それが計四つもあるのだ。
「すごい! 【実】がこんなにいっぱい成るなんて」
テオは目をランランと輝かせ、成っている【実】を凝視する。四つある【実】のうち、薄い水色の実に目が止まった。
「これは……」
図鑑で見たことのある実だった。有名な精霊種の実で、希少性は星三つ。なにより、ごく最近、その実を食べた能力者を見たばかりだった。
「【フラウの実】……ライアンさんが使っていた実だ。だとしたら……」
テオはゴクリと息を飲む。ここにある四つの実は、神格獣討伐で死んだ人たちの分。死んだからこの木に実がなったんだ。
テオは目の前にある木が、とても恐ろしいものに見えてきた。
今まで深く考えなかったが、この木は能力者の"死"を伝えるものでもある。自分が死んだとしたら……。
テオが背筋を凍らせていた時、一つの実が風に吹かれて落下した。
それは青白い
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