第34話 全能力解放

 重くなった全体重を込めた一撃。バトルアックスはデルピュネーの頭蓋を砕き、深々と脳に食い込む。

 魔獣は頭をらせ絶叫。ウーゴはそのまま落下し、地面に激突した。

 テオは少し離れた場所に避難し、混沌とした状況を目撃する。


「す、すごい……こんな攻撃を考えるなんて」


 テオは杖を構えるミアに視線を移す。ミアがとっさに考えた作戦だろう。初めてやったはずなのに完璧に成功させてしまった。

 テオは改めてミアの大胆さと、能力を使いこなす才能に感心する。

 視線を戻せば、ウーゴがフラつきながら立ち上がろうとしていた。さすがに無理があったのだろう。かなり辛そうだ。

 テオは加勢しようと、身を低くして地面を蹴った。くるぶしから炎が噴き出し、高速で大地を駆ける。

 魔獣とすれ違う瞬間、ショートソードを振り抜き、魔獣の胴を斬りつけた。

 十メートル以上走り抜けたテオは、立ち止まって振り返る。傷は浅く、それほどのダメージにはなっていない。

 魔獣はテオを気にすることなく、まだ頭をかかえて悶え苦しんでいた。

 やはりウーゴの一撃が相当効いているようだ。

 テオはもう一度剣を構え、魔獣に向かって突っ込む。


 ――今のうちに少しでもダメージを与えないと!


 テオは魔獣の体に何度も剣を振るった。傷は浅いが、積み重ねれば意味も出てくる。テオの奮闘にウーゴも続いた。


「うおおおおおおおおおおおおおお!!」


 大きくバトルアックスを振り上げ、魔獣の胴体を斬りつける。痛みで魔獣は絶叫し、頭を振ってウーゴを睨む。

 口をガバリと開け、ウーゴに襲いかかってきた。だが、遠距離から撃ち込まれる水の弾丸に、デルピュネーはたまらず動きを止める。

 高圧の水が顔に当たり、魔獣は四本の腕で防ぎながら表情を歪める。

 ミアは杖をかかげ、絶え間なく攻撃を続けていた。魔獣が気を取られた隙を、テオとウーゴは見過ごさない。

 すぐに行動を起こす。テオは素早く相手の体を傷つけ、連携するようにウーゴの斧が追撃を加えた。


「ギイイイイイイイイイイイイイイイ!!」


 苦しむ魔獣は体をうねらせながら後退する。体中は傷だらけで、かなり痛々しい。このまま押し切れる! そう思ったテオだが、すぐに違和感に気づく。

 魔獣の頭から噴き出していた血が、いつの間にか止まっていたのだ。体についた無数の傷も、徐々に治っているように見える。

 やはり、これほどの傷を負ってもすぐに再生するのか。

 だとしたら、半端な攻撃では仕留めきれない。自分が持つ、最大限の能力を使って迎え撃つしかないんだ。

 テオは覚悟を決め、デルピュネーを睨む。


「ミア、ウーゴ。【ファントム・フェニックス】の能力を使う! 二人とも下がってて!!」


 ミアとウーゴはコクリと頷き、後ろに下がった。テオは剣を下段に構え、能力を発動する。全身が青く輝き出した。

 テオは幻となり、青い炎は剣先まで達する。

 デルピュネーは動きを止め、ギロリと睨んでくる。なにか感じるものがあったのか、やや警戒しているようにも見えた。


「そっちが来ないなら、こっちから行くだけだ!」


 テオはわずかに身を屈め、地面を蹴って走り出す。ギャロップの能力を使った超高速の移動。

 デルピュネーは反応できず、簡単に長い胴体を斬りつけることができた。

 テオはそのまま走り抜け、足を止めて振り返る。傷は先ほどまでと同じ浅いもの。とても魔獣を倒せるような傷ではない。だが――


「ギャッ!?」


 デルピュネーは驚愕する。自分の胴体についたのはわずかな傷。気にするほどのものでもなかったものだが、その傷から青い炎が溢れ出した。

 炎は傷の周辺を一気に燃やし、さらに広がろうとする。

 デルピュネーはジタバタと蛇の体を動かし、なんとか火を消そうとした。だが、青い炎はなかなか消えず、体表を焼いていく。


「ギャアアアアアアアァアアアアアア!!」


 のたうち回る魔獣は、燃えている部分を自分の爪でえぐり取る。体から血が噴き出し、青い炎が掻き消えた。

 フーフーと肩で息をした魔獣は、ギロリとテオを睨み突っ込んでくる。

 二本の右腕を振り上げ、鋭い爪で斬りかかってきた。だが、テオの体はゆらりと揺れるだけで、ダメージを受けることはない。

 テオは剣を振り抜き、魔獣の腕を斬りつける。腕は青い炎に包まれ、燃え始めた。

 デルピュネーはパニックにおちいり手を振り回す。その間にテオは大地を駆け、魔獣の体を二度斬りつけた。

 傷口から炎が噴き出し、一気に燃え広がる。魔獣は絶叫する。なにが起きているのか分からないのだろう。

 体を回転させ、尻尾を鞭のようにしならせテオに叩きつけた。粉塵が舞い、辺りが見えなくなる。

 普通の人間なら即死するレベルの攻撃だ。だがテオは粉塵の中から現れ、そのまま魔獣の体を斬り裂く。

 青い炎が蛇の胴体を駆け上る。デルピュネーは顔を歪めて暴れ出した。

 やはり、青い炎は相当効いているようだ。

 このまま押し切ってやる! とテオが考えた瞬間、魔獣はこちらに背を向け、突如逃げ出した。


「えっ!?」


 テオは唖然とする。あれほど強い魔獣が逃げるとは思っていなかったからだ。

 ファントムフェニックスの能力には時間制限がある。このまま逃げられる訳にはいかない。テオは全力で追いかけた。

 ギャロップの能力を最大限発揮し、足に炎を灯して大地を駆ける。

 あの大きさでは大したスピードはでない。そう高をくくっていたテオだが、奇妙な異変に気づいた。

 逃げていく魔獣の背中が、徐々に小さくなっている。一瞬、目の錯覚かと思ったが、本当に小さくなっているようだ。


 ――ギガントの能力を解除したのか!? でも、どうして?


 元の大きさに戻った魔獣は木々の合間を抜け、ふもとの樹海に入る。蛇行しながらスルスルと進んでいく姿に、テオは驚きを隠せない。


「そんな……ギャロップの速さと変わらないなんて! この魔獣、こんなに速かったのか?」


 樹海を抜け、大きな川に出ると、魔獣は躊躇ちゅうちょなく飛び込んだ。テオは慌てて足を止め、川縁かわべりで立ち尽くす。

 向こう岸まで渡った魔獣は、ブルブルと体を振って水を切る。

 もう青い炎は灯っていない。

 デルピュネーは振り返ることなく、川向こうの森に消えていった。


「そんな……ここまで追い詰めたのに……」


 テオは絶望的な気持ちで、森を見つめることしかできなかった。

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