第4話 二つの実

 それから二日――テオは山を駆け上がる時、【ギャロップの実】の能力を発動させていた。

 両足のくるぶしから炎が噴き上がり、山道をグングンと登っていく。

 だがスピードについていけず、またしても転んでしまう。それでもギャロップの力を使うのは当然、練習するためだが、何度やってもうまく使いこなせない。


「やっぱり凄いんだな……能力を使いこなせる能力者って」


 四苦八苦しながらも、なんとか山を上がっていく。テオが木の元へ行くと、待ちに待った光景が広がっていた。


「よし! よし、よし、よし!!」


 テオは興奮して木の根元に駆け寄る。実はすでに枝になく、落下して投網とあみの中に入っていた。

 網を敷いていたおかげで、【実】は池の底に沈まずに済んだのだ。

 テオは網に入った二つの実を取り出す。一つは黄土色の細長い実。

 もう一つは表面がうろこ状で、鮮やかな青い実。どちらも、なんの実かは分からなかった。

 図鑑を何度も見たテオでも、似たような実がたくさんあるため判別がつかない。


「まあ、家に帰って調べればいいか」


 テオはルンルン気分で実を抱え、すぐに山道を引き返す。転んで実を落とすのが嫌だったため、帰りはギャロップの能力は使わず、慎重に走った。


 ◇◇◇


「傷つかないように……と」


 家に戻ってきたテオは、【神獣の実】を勉強机の上に置く。棚から神獣の実図鑑を取り出し、椅子に座ってページをめくる。


「この細長い黄土色の実は……」


 テオの中で思い当たる【実】は二つあった。しかし確信が持てなかったため、図鑑で詳細な特徴を調べる。


「あ! あった。やっぱりこれだ!!」


 それは黄土色で細長く、絶妙に湾曲した【神獣の実】。希少性は『星二つ』と書いてある。


「間違いない。これは【クリュサオルの実】だ!」

 

 クリュサオルの実は『剣聖・アレクサンドリア』が使っていた【神獣の実】。

 食べた者は剣の達人となり、あらゆる敵を打ち負かすと図鑑に書かれている。


「すごい……こんな実が手に入るなんて」


 その時、テオはあることに気づく。


「そうか! 確かアレクサンドリアはかなり高齢。普通に寿命で死んじゃったから、あの"木"に【神獣の実】が成ったんだ」


 新たに【実】が成るのは、元々の能力者が死んだ時だけ。だから簡単には実がならないと思ってたけど、もう高齢な能力者は大勢いるし、若くても危険な戦場で活躍してる人もいる。

 能力者が亡くなるケースは多いのかもしれない。

 テオは取りあえず【クリュサオルの実】を食べてみることにした。剣など習ったことのない自分でも、本当に剣の達人になれるか知りたい。

 自分のそでで細長い実をき、ハグと噛みついて咀嚼する。

 全てを食べ切り、手で口をぬぐって椅子から立ち上がった。部屋を出て、玄関に向かい、そのまま家を出る。


「とにかく試してみないと」


 テオは歩きながらキョロキョロと辺りを見回す。原っぱに落ちていた棒っ切れを拾い上げ、意気揚々と空き地まで行く。

 ここなら誰にも見られない。

 テオは長い棒を構え、意識を集中する。図鑑によれば、【クリュサオルの実】を食べた人間は、自然に体が動くという。

 テオは棒を振り上げ、思い切り振り下ろす。

 ビュンッと風を切って棒の先端が地面に当たる。明らかになにかが違った。

 もう一度棒を振ると、視界に剣の軌道が光となって見える。棒はその軌道を自然に通り、綺麗な形で振り切られた。

 だが、振りの勢いに体がついていかず、とっとっと、と前につんのめってしまう。


「なんだろう。うまく剣が使えそうだけど、やっぱり筋力が足りないのかな?」


 この【クリュサオルの実】の希少性は『星二つ』、扱いが結構難しい部類に入る。

 かなり努力しないと使いこなせないってことか。それでも速く動ける【ギャロップの実】とは相性が良さそうだ。

 テオはそのあとも練習を続け、日が沈み出した頃に帰宅した。

 かなり運動したので、もうクタクタだ。棒を部屋の壁に立てかけ、机に座って息をつく。テオの視線は机の上に置かれたもう一つの【実】に注がれた。

 図鑑を開いてページをめくっていく。

 この青い実がどういうものか調べるためだ。しかし、いくら探しても図鑑に記載はない。


「う~ん、ないな……図鑑が古いせいかな?」


 テオが買ってもらった図鑑は少し古いものだ。【神獣の実】は現在、二百種類ほど確認されているが、新しい実が発見されることもある。

 その場合、最新の図鑑には新種の実が載るものの、テオの家は裕福ではないため、簡単に買い替えることはできない。


「取りあえず食べてみようかな。実際に使って、あとから調べればいいか」


 テオは青い実もそでぬぐって食べてみる。やっぱり味はまったくない。

 全部食べ終えたあと、両手を握ったり、開いたりしてみる。だが、なんの変化もなかった。

 そもそもなんの実か分からないため、具体的なイメージもできない。


「これって使えるのかな? なにも考えずに食べたのは失敗だったかも……」


 戸惑いながら意識を集中していると、手の平になにかがほとばしった。一瞬でよく分からなかった。テオはもう一度、手の平に意識を向ける。

 するとパチパチと青い火花が散る。


「これは……炎系の能力なんじゃ?」


 テオはさらに意識を集中し、炎よ出ろ! と心の中で叫んだ。すると手の平に青い炎が灯り、その炎が全身に燃え移ってしまった。


「わっ! わわわ、な、なんだ!?」


 体が青い炎で包まれる。テオは慌てふためき、「水! 水! 水!」と水場に行こうとする。しかし、部屋の扉を開ける前に異変に気づいた。


「あれ……この炎……全然熱くないぞ?」

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