第5話 幻の炎

 全身を覆う青い炎は体を燃やすことなく、また床なども燃えなかった。

 テオは恐る恐る机や本を触ってみるが、やはり火が移ることはない。普通の火じゃないってことだ。


「なんなんだろう、この能力? 火系の【実】であることは間違いないと思うけど」


 テオは首を傾げた。炎が使える有名な実なら、【サラマンダーの実】がある。

 精霊の力を宿す【実】で、途轍もなく強いことが知られている。能力を発動すれば体そのものが炎となり、物理攻撃が通じなくなる。

 そして攻撃に転じれば、あらゆる敵を焼き尽くす。まさに最強と言える代物だ。


「でも、これは違うよな。物を燃やせないし、なにより炎の色が青い」


 サラマンダーの実で得られる炎は真っ赤。基本的に火系の能力は、全て赤い炎のはずだ。

 テオは意識を沈める。すると体の炎が、ふっと消える。

 どうやら扱いやすい能力のようだ。もう少し調べてみようと思い、家の近くにある空き地まで足を伸ばした。


「よし! もう一回……」


 テオは意識を集中し、もう一度"青い炎"を体に灯す。今回も簡単に炎は現れた。

 メラメラと全身を燃やしているようにも見えるが、まったく熱くないし、足元の草を燃やすこともない。

 しかし、これだとなんの役に立つのか分からない。


「せめて、なにか燃やせればいいんだけど」


 テオは足元に落ちている小さな枝を拾う。目の前まで持ち上げ、「燃えろ、燃えろ」と念じてみる。

 本当に燃えるかどうかは、さっぱり分からなかったが――


「わっ!」


 テオの目の前で枝が激しく燃える。青と黄色の炎が立ち上がり、一瞬で枝を消滅させてしまった。

 テオは驚いて一歩下がる。


「ビックリした……これがこの【実】の能力? 特定の物だけあっと言う間に燃やしてしまうってことか。確かに凄いかもしれないけど……」


 それだったら最初からなんでも燃やせる方がいいんじゃないかな? そんな疑問を抱くテオだったが、なにより分からなかったのは、これがってことだ。


「図鑑にも記載がなかったし、それに青い炎を扱う能力者なんて聞いたことないな」


 どれだけ考えても答えは出ないため、テオは家に帰ることにした。もし、この能力のことを知ってる人がいるとしたら――

 テオは話を聞いてみようと思った。この村の生き字引と言われる人物に。


 ◇◇◇


 翌日、テオはいつもより早く家を出て、学校に向かった。

 まだ生徒の少ない校舎を歩き、テオは教員室の奥にある部屋に向かう。扉をノックし中を覗いた。


「おや、テオじゃないか。どうしたんだい?」

 

 窓辺に置かれた鉢花はちばなに水をやっていた老人がこちらを向く。頭は禿げ上がり、長く伸びた眉や髭は真っ白だ。

 優しい表情でテオを見つめている。


「校長先生、ちょっと聞きたいことがあったんですけど……今いいですか?」

「ああ、大丈夫だよ。さあ、入りなさい」


 校長は仕事机の前に置かれた黒革のソファーに腰を下ろす。テオも対面のソファーに腰を下ろして向かい合った。


「それでなんだい、聞きたいことっていうのは?」


 校長は村の生き字引でもある。なんでも知っているため、学校の子供はよく質問をしていた。

 それに対し、校長は文句も言わず気さくに答えてくれる。

 人気のあるおじーちゃんといった感じだ。


「じつは【神獣の実】について聞きたいんです」

「ああ、そうだった。テオは冒険者になりたいと言ってたね。なるほど……私も子供の頃は【神獣の実】や【能力者】の話に憧れを抱いたものだよ」

「え? 校長先生もですか?」


 意外な話にテオは驚いて校長を見る。


「はっはっは、それはそうだよ。【能力者】の英雄譚は、いつの時代だって子供たちの憧れだ」


 校長は白い顎髭あごひげを撫でながら、楽しそうに笑う。


「だったら、校長先生! 青い炎が出る【神獣の実】ってありますか?」

「青い炎?」


 校長は「う~ん」と言って腕を組み、困った顔をする。突然、こんな話をすれば、困惑するのは当然だろう。

 それでも、こんな話ができるのは校長先生ぐらいだ。

 テオはわらにもすがる思いで校長が話し出すのを待った。


「そうだなぁ……そんな能力者が実際いるという話は聞いたことがないな」

「そう、ですか」


 テオはガッカリして肩を落とす。いくら物知りの校長でも、図鑑に載っていないような【神獣の実】はさすがに分からないか……。

 残念ではあるが、諦めるしかない。

 テオがそう思っていると、校長は「ただ、昔読んだ御伽噺おとぎばなしには、そんな話があったような気がするな」と意外なことを言い始めた。


御伽噺おとぎばなしですか?」

「ああ、そうだよ。なんという本だったか……大昔の神話や伝説を集めたものだったかもしれない。その中に、青い炎の逸話があった」

「それって、どんな内容だったんですか!?」


 テオは前のめりになって目を見開く。そんなテオを見て、白髭を撫でていた校長は静かに語り出す。


「大昔に、アルテリアという国を救った英雄の話だよ。その英雄……名前は忘れてしまったが、青い炎を操る【神獣の実】を食べ、しき魔獣と戦ったんだ。英雄が得た青い炎……それはまるで幻。いかなる攻撃も効かず、あらゆる敵を焼き尽くしたという。まさに最強の能力だ。まあ、もっとも創作物の話だがね」

「その【神獣の実】の名前って分かりますか?」


 テオに問われた校長は「う~ん」と悩み出し、眉間にしわを寄せる。しばらく考えたあと、「ああ、そうだ!」と柏手かしわでを打った。


「確か【幻影の不死鳥ファントム・フェニックスの実】だよ」

幻影ファントム……フェニックス……」

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