第10話 ライセンス

「そこまで」


 少し離れた場所にいたクラウツが声を発し、こちらに歩いて来る。試験の終了を告げたのだ。

 テオは肩を落としたまま、力なく立ち上がった。


 ――負けた……勝てると思ったのに。


 シュンッとしているテオを横目に、クラウツはボルドに話しかける。


「どうでしたか? ライツさんの実力は」

「まあ、そうだな……」


 ボルドは顔をしかめながら剣を肩に乗せ、左手でポリポリと頬を掻く。


「まだまだ粗いが、実力はある。【能力者】ということも考えれば、Dランクぐらいはやってもいいだろう」


 それを聞いたテオは、「本当ですか!?」と言って飛び起きる。Eランクをもらうのも難しいと言われる試験でDランクをもらえるなんて。

 テオは今にも飛び跳ねたい気持ちになった。


「そうですか、分かりました。ではそのように手続きを進めます」


 クラウツはあくまで冷静に頷き、テオの顔を見る。


「ライツさん、こちらに来て下さい。Dランクのライセンスを渡しますので」

「は、はい!」


 きびすを返したクラウツのあとについていく。ボルドの横を通り過ぎる時、「ありがとうございました」とお礼を言うと、ボルドは「けっ」と吐き捨てそっぽを向いた。

 態度は悪いけど、実力はちゃんと認めてくれている。意外にいい人かもしれない。

 クラウツとテオがギルドのカウンターまで来ると、赤髪のお姉さんが「どうでした?」と身を乗り出して聞いてくる。

 かなり心配してくれたようだ。


「ライツさんは試験に合格しました。Dランクのライセンスを交付して下さい」

「Dランク!? この子がDランクですか? 嘘でしょ」


 驚いて目を丸くするお姉さんに、クラウツはゴホンと咳払いする。


「失礼ですよ、イヴリンさん。ライツさんは試験に合格されました。【能力者】であることも確認されています。一人の冒険者として接して下さい」

「能力者……この子が……あ、いえ、ライツくんは能力者だったんだね」


 かなり驚いている様子だ。王都のギルドなら、【能力者】もそれなりにいるだろうけど、片田舎のギルドでは珍しいのかもしれない。

 イヴリンはテオをカウンターに呼び寄せ、いくつかの書類を書かせたあと、首にかけるネームプレートのような物を持ってきた。


「はい、これがギルドで使うライセンスになるわ。依頼を受ける場合、このプレートを提示すればランクに見合った依頼を紹介できるから、忘れずに持ってきてね」


 プレートを受け取ったテオは、その表面をマジマジと見つめる。

 銀色の金属で、真新しくピカピカと光っていた。『ライツ』の名前とランクが彫り込まれ、「ギルドが認定した者」との記述もある。

 テオがあまりにも食い入るように見ていたため、イヴリンはクスクスと笑い出した。


「あ、すいません。ずっと憧れていたライセンスだったもので」

「うんうん、いいよ。初めてもらったライセンスは、冒険者なら誰でも嬉しいでしょうからね」


 イヴリンはニッコリと微笑む。このギルドで多くの冒険者を見てきた人が言うのだ。今日ぐらいは浮かれてもいいだろう。


「ところで依頼はどうする? Dランク相当のものを紹介できるけど」

「え? あ、そうですね」


 そうか、もう仕事を受けられるのか、とテオは改めてプロになったことを自覚する。


「どんな依頼があるんですか?」

「う~ん、そうだね」


 イヴリンはカウンターに置かれた書類の束に目を移す。


「今出てるDランクの依頼は……畑を荒らすイノシシの討伐と、ペンダントを盗んだ黒鼠鳥くろねずみどりの捜索。それに『マナナ池』に出るワニ亀の駆除かな」

「……なんだか、微妙な依頼ですね」

「そう? どれも結構、難しそうだよ」


 イヴリンはあっけらかんと言う。Dランクだとこんな感じなのか、と少し拍子抜けしてしまう。

 やはり本で読んだ冒険譚や魔獣の討伐などは、もっと高ランク冒険者の仕事なのだろう。


「他にはありませんか?」


 テオがダメ元で聞いてみると、イヴリンは「う~ん、他でいうと……」と目を細めながら依頼書の束をめくっていく。


「あるにはあるけど……これはちょっと危ないかな」

「どんな依頼ですか?」


 テオは前のめりになって尋ねた。


「レッドベアの討伐依頼があるの。普段は来ない人里まで群れで下りてくるみたいで、魔獣の一種だから被害も出てて問題になってるのよ」


 魔獣の討伐! テオのテンションが一気に上がった。


「やってみたいです! でも、そんなに危ないんですか?」

「うん、一匹でも危険な魔獣なのに、今回は数が多いからね。被害を受けている村の村長さんからの依頼なの。Dランク以上の冒険者を集めて討伐しに行く予定なんだけど、思うように人が集まらなくって」

「そうなんですか」


 自分の力を試すには丁度いいかもしれない。そのうえ、人助けになるなら一石二鳥だ。


「この依頼受けます! 手続きして下さい」

「いいの? 本当に。初めて受ける依頼としては、相当難易度が高いと思うけど」


 渋るイヴリンだったが、テオの意気込みを見て取ったのか、「分かったわ。その代わり無理はしないって約束できる?」と真剣な眼差しを向けてきた。

 テオは「もちろん! 約束します」と答え、無事に依頼を受けられることになった。

 ギルドからの帰り道。テオはイヴリンからもらった依頼書に目を通す。


「討伐の決行日は、五日後か……。僕が入って人数はギリギリ予定に達したみたいだから、中止になることはないだろうけど。問題は――」


 この日は普通に学校があることだ。なんとか言い訳して途中で帰らないと。

 テオの思考は依頼の達成ではなく、いかにして学校を抜け出すかにかたよっていった。

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