第9話 プロの冒険者

 テオは試験官から三メートルほど距離を取り、木剣を正眼に構えた。チラリと見れば、建物の入口にはクラウツが立っている。

 彼が立ち合い人なのだろう。テオは改めて前を見た。

 試験官の男は右手に持った剣をだらりと垂らし、自分からは動こうとはしない。


「俺はB級冒険者のボルドだ。悪いが手加減は苦手でな。ガキでも容赦なく攻撃させてもらうぞ」


 ボルドは剣を肩に乗せ、悠然と見下ろしてくるだけ。攻めて来い、ということなのだろう。


「それで構いません。僕も全力でやりますから!」


 互いに睨み合い、ジリジリとした空気が流れる。テオは自分のペースにするため、先に動いた。

 相手は子供だと思って油断している。まずは虚を突いて動揺させるんだ! 

 テオは【ギャロップの実】の能力を発動した。両足のくるぶしから炎が噴き出し、あっと言う間に距離を詰める。


「なっ!?」


 ボルドがたじろぎ、一歩下がった。今だ! と思ったテオは、右足目掛けて剣を振るう。だが、ボルドはバランスを崩しながらも持っていた剣で防御した。

 さすがB級冒険者。機先を制されても対応してくる。

 それなら――

 テオはギャロップの能力を全開にし、疾走してボルドの背後に回る。ボルドが驚くのはもちろん、戦いを見守っていたクラウツも驚愕した。


「このガキ!!」


 振り返ろうとしたボルドだが、動きが緩慢で背中がガラ空きだ。

 テオは迷わず木剣を振り下ろす。しかし、カンッという音と共に木剣が弾かれた。

 なにが起きたか分からず、テオは踏鞴たたらを踏んで後ずさる。ハッとして顔を上げると、ボルドは背を向けたまま、後ろ手に剣を振るっていた。


「はは、危ねえ、危ねえ。ガキに一本取られるところだった」


 ボルドはゆっくりとこちらを向く。


「まさか【能力者】だったとはな。それなら自信を持って試験を受けるのも頷ける」


 ボルドは「だがな」と言って口の端を上げる。


「【神獣の実】を食っても、能力を完全に使いこなすのは難しい! まして、お前のような子供ガキではな!!」


 今度はこちらの番だ。と言わんばかりに、ボルドが猛然と走ってきた。

 テオは剣を構え直し、相手の攻撃を待つ。今、自分が使えるのは【ギャロップ】の能力だけではない。

 血が滲むほど練習した、【クリュサオル】の剣技がある。

 腕試しをするなら、相手にとって不足はない。ボルドは剣を振り上げると、真正面から斬りかかってきた。

 まさに剛剣。まともに受ければ剣が折れる。

 テオは木剣で軽やかにいなし、返す剣で胴に打ち込む。だが、これもボルドは紙一重でかわした。

 恐ろしいほどの反応速度だ。


 ――これがプロの冒険者か。


 テオは一歩下がって仕切り直す。ボルドは「ちっ!」と舌打ちして、再び突進してきた。

 激しい斬撃が襲いかかってくる。

 その全てを木剣で弾いたテオは、一歩踏み込んで斬り上げた。

 ボルドはギリギリで避け、顔をゆがめながらも"突き"を放ってくる。テオは目前に迫った切っ先をかわし、足にギャロップの炎を灯した。

 地面を蹴り上げ、凄まじい速度で"突き"を打ち込む。

 攻撃が喉元に入る刹那――ボルドは剣を振り上げ、木剣を跳ね上げる。

 剣を弾かれたテオはバランスを崩し、追撃ができない。ボルドは後ろに飛び退いて剣を構え直した。


 ◇◇◇


 なんだ、こいつは?

 ボルドは剣を振るいながら、背中に嫌な汗を掻いていた。

 冒険者として数々の魔獣を倒し、危険な迷宮にも挑んできたボルド。今でこそ一線を退き、ギルドで働いているものの、剣の腕には絶対の自信があった。

 ベテラン冒険者である自分に勝てるヤツはそうそういない。

 そう思っていたのに――


「ぐっ、くそ!」


 斬り下ろした剣が軽くいなされてしまう。無駄のない剣筋がボルドの顔をとらえようとしていた。

 ボルドは必死で首を引き、なんとか相手の斬撃をかわす。

 二歩下がって剣を構え直した。

 

 ――なんなんだ、このガキは!? 


 【能力者】であることは分かった。足に炎を灯し、素早く動く能力だろう。

 だが、この剣捌けんさばきはなんだ? どんなに攻撃しても、全ていなされ、迷いのない動きで反撃してくる。

 まるで熟達の剣士を相手にしているようだ。

 ボルドは頭を振って邪念を払う。そんなはずはない。ありえない! 剣を薙いで胴に打ち込む。

 ガキは流れるような動きで剣を捌き、むこずねに斬り込んでくる。

 ボルドは後ろに飛び退き、なんとかかわすも脛に痛みが走った。

 まさか、かすったのか!? 驚くと同時に、ボルドの全身がワナワナと震え出す。こんなガキに押されるなんて。

 不器用なりに手加減してやろうと思っていたが、もう我慢できない!


「調子に乗るなよ、小僧!!」


 ボルドのギアが上がる。何十という斬撃が、テオの頭上に降り注ぐ。もう子供だとは思わない。

 B級冒険者のプライドにかけて、全力で叩き潰す!!


 ◇◇◇


 ボルドが突っ込んできた。テオは凄まじい数の斬撃をかわし続ける。

 さすがの強さだ。腕力、剣技、そして経験に裏打ちされた反応速度。なにより迫力が半端ではない。

 テオは剣を後ろに引き、足に力を込める。

 体力も向こうの方が遥かに上のはずだ。長引けばこちらが不利! テオは足に炎を灯し、地面を蹴った。この猛攻で決める。

 テオの打ち込みをボルドが受ける。一撃ではない。切れ間なく叩き込まれる斬撃に、ボルドは防戦一方になった。


「ぐっ……く!」


 ボルドの顔が歪む。――あとちょっと。

 テオが体を反転させ、追撃の刃を放つ。その時、足がもつれて派手に転んでしまう。


「痛っ……」


 【ギャロップ】の力がまだ使いこなせていないんだ。テオはすぐに立ち上がろうとしたが、首筋に冷たい剣先が当てられる。


「終わりだな。クソガキ」


 見上げると、ボルドの鋭い眼光が見下ろしていた。

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