第11話 集合場所

 五日後――

 テオはいつも通り学校に来ていた。"レッドベア"の討伐に行くためには、午前中にここを抜け出すしかない。

 どうやって学校を出るかは考えてある。あとはタイミング次第だ。

 テオがそわそわした気持ちで机に座っていると、幼なじみのミアがやって来た。


「テオ、この前分からないって言ってた授業の内容。私なりにまとめてみたの。これなら分かりやすいんじゃない?」


 ミアが差し出したのは一枚の紙。そこには授業の内容がびっしりと書き込まれていた。


「ありがとう……でも大変だったんじゃない? こんなにしっかりしたものを作るのは」

「そんなに大変じゃないよ。私も将来は学校の先生になるんだから、これぐらいはできるようにならないと」


 なんの迷いもなくまっすぐに言うミアに、テオはどうしても聞いてみたくなった。


「ミアは学校の先生になるのが夢なの? 他の仕事とかは考えなかったの?」

「え? そうね。夢って感じじゃないと思う。それが当たり前っていうか、親が教師なんだから、子供が同じ仕事をやるのって普通なんじゃないかな」

「普通……か」


 テオはほんの少しだけ寂しい気持ちになる。


「テオはお爺さんのあとを継いで猟師になるんでしょ?」

「あ、うん、でも本当になるかどうかはまだ分からないよ」


 奥歯にものが挟まったような言い方をするテオに、ミアは怪訝な顔をする。


「まさか……まだ冒険者になりたいなんて言うんじゃないでしょうね」


 ミアの冷たい視線が突き刺さり、テオは慌てて首を振る。


「いや、いやいや。そんなの子供の頃の話だよ! 今は全然考えてないから」

「……それならいいけど」


 ミアは眉根を寄せながら、自分の席へと戻っていった。現実主義のミアは、テオが冒険者になりたいということを嫌っていた。

 現実的じゃない。危険な職業だということが分かっていない。プロの冒険者になれるのは一部の人だけ。


 ――どれも僕を心配して言ってくれている言葉だ。


 歳を重ねるごとにミアの冒険者アレルギーは酷くなり、いつしかテオはミアの前で夢を語れなくなった。

 本当は応援してほしいと思うものの、簡単にはいかない。

 それでも、冒険者としての実績を積めば、ミアだけでなく母さんや爺ちゃんも認めてくれるかもしれない。

 テオは椅子から立ち上がり教室を出た。授業をするために教室に向かっていた担任を捕まえ、腹が痛いと訴える。

 お芝居に自信はないが、自分の人生がかかっているんだ。必死の訴えは功を奏し、帰宅するように、と言われる。

 テオは教室に戻り、リュックを手にしてそそくさと帰ろうとした。その時、横目で見えたミアは心配そうな表情をしていた。 

 心は痛むものの、今回ばかりは許してもらうしかない。

 テオはその足で学校をあとにした。


 ◇◇◇


 集合場所の村まではそこそこの距離がある。だが、テオが得たギャロップの能力を使えば、ものの二時間ほどで到着できる。

 山間を抜け、のどかな田園風景を走り続けた。

 やっとのこと村の入り口に辿り着いたテオは、担いでいたリュックを下ろし、中からフード付きのマントとマスク、そして短剣を取り出す。

 短剣はこの日のために、押し入れから引っ張り出してきた物だ。

 昔、父親が使っていた物らしく、所々に錆が目立つものの、切れ味に問題はないだろう。今日は魔獣の討伐をするんだ。さすがに木剣で来る訳にはいかない。

 着替えを済ませ、リュックを担ぎ直して村に入る。

 辺りは閑散としていて、住人の気配はない。立ち並ぶ家はどれも小さく、古びているように見える。

 自分が住む村も貧しく、賑わいなどないが、この村はもっと活気がないように感じた。

 しばらく歩くと、一際大きな家の前に、大勢の人たちが集まっている。剣や斧、槍などを持つ屈強な男ばかり。

 今回の依頼を受けた冒険者だろう。

 近づいて行くと、スキンヘッドの大男がこちらに気づき、視線を向けてきた。


「おい、ガキ。ここの住人か? 今は危ねえからあっちにいってろ!」


 大男は睨みを利かせて吐き捨てる。だが、当然帰るわけにはいかない。


「依頼を受けた冒険者です。あなたと同じで、レッドベアの討伐に来ました」

「ああ!? 冒険者だと?」


 男は眉間にしわを寄せ、テオを見下ろしてくる。あまりの迫力にたじろぎそうになるが、められちゃいけないと思いキッと睨み返した。


「どうした?」


 別の男が歩いてくる。背が高く、細身で赤い短髪の男。軽装に見えるが、質の良い革鎧を着込んでいる。


「このガキが冒険者だって言いやがるんだ。どうせ村のガキだろう」

「……いや。最近子供がギルドの試験に合格したって話題になってたぞ。そいつじゃないのか?」

「なに!? このガキが?」


 大男は目を見開き、テオを凝視する。テオは胸元からプレートを取り出した。

 名前とランクが書かれたライセンスプレートだ。大男の目の前に突き出し、自慢げに胸を張る。


「Dランク!? ホントに冒険者なのか!」


 大男がプレートを掴み、顔の近くまで持っていく。プレートを首からぶら下げていたため、テオは引っ張られて倒れそうになった。


「こ、これで信用してもらえましたか? 僕も一緒に討伐に参加しますから、よろしくお願いしますね!」


 テオはプレートを大男から奪い返し、再び胸元にしまう。大男と背の高い男は顔を見交わし、信じられないといった表情でテオを見た。

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