第19話 待ち望んだ依頼

 夏の日差しが緩み、心地よい風が肌を撫でる季節。

 またパルキアの町まで行こうとしていたテオは、兄弟たちと歩くウーゴの姿を見つけた。テオが「お~い」と手を振ると、ウーゴも手を振り返してきた。


「ウーゴ、どこかに行くの?」

「うん、みんなと川に行って魚でも捕ろうかと思って……テオもどこかに行くの?」

「ああ、うん、ちょっとね」


 二人で話をしていると、ウーゴの弟や妹が「ねえねえ、早く行こうよ」とウーゴの服を引っ張る。

 ウーゴには弟が三人、妹が二人おり、六人兄弟の大家族だ。しかし両親はおらず、祖母だけが唯一の保護者だった。


「分かった、分かったよ。じゃ、じゃあ、テオまたね」

「うん、またね。ウーゴ」


 ウーゴは弟や妹たちに急かされ、川の方へと行ってしまった。テオはその様子を無言で見送る。

 ウーゴの両親がいないのは、五年前に起きた大きな戦争のせいだ。

 その戦争に駆り出されたテオの父親とウーゴの父親は戦死し、ショックを受けたウーゴの母親は流行病にかかって死んでしまった。詳しくは知らないが、国同士の命運をかけた戦争だったと祖父が教えてくれた。

 どんな事情があろうと、子供から見れば親を奪った憎むべき出来事。

 もう絶対に起きてほしくないし、起こしちゃいけない。

 そんなことを改めて思ったテオも歩き出し、パルキアの町を目指した。


 ◇◇◇


 テオがギルドに顔を出すと、カウンターにいたイヴリンが「あ! ライツ君」と言って駆け寄って来る。


「いいところに来たわね」

「どうかしたんですか?」


 テオが不思議そうな顔をしていると、イヴリンは「あれあれ」と掲示板を指さす。

 テオは掲示板まで歩み寄り、張ってある依頼書を確認する。それは通常の依頼書ではなかった。

 高そうな羊皮紙に書かれており、下部に立派なハンコが押されている。


「イヴリンさん……これって?」


 訳が分からないといった表情のテオに対して、イヴリンが「これはね」と説明を始める。


「この周囲一帯を収める、ブルノイア公爵様が直接出した依頼よ。Dランク以上の冒険者が対象の魔獣討伐依頼」

「え!? じゃあ」


 テオの顔がパッと明るくなる。それを見たイヴリンはクスクスと笑い、小さく頷いた。


「そう、ライツ君が受けたいって言ってた魔獣討伐依頼だよ。しかも定員なし! どう? やってみたくなった?」

「はい! 是非やってみたいです!」


 テオは目を輝かせてイヴリンを見つめる。その様子にイヴリンは「そうだよね。やっぱり受けたいよね」と苦笑した。


「でもね。紹介しておいてなんなんだけど、この依頼には二つ問題があるの」

「問題、ですか?」


 テオのテンションが一気に下がる。イヴリンは人差し指をピンと立て、テオの目を見つめて話し始めた。


「まず一つ目。討伐対象の魔獣が強すぎるってこと」

「強すぎる?」


 テオはもう一度掲示板に目を移す。依頼書に書かれている魔獣の名は【神格獣・デルピュネー】。聞いたことのない魔獣だ。

 なにより【神格獣】とはどういう意味だろう?


「イヴリンさんはこの魔獣のことを知ってるんですか?」

「ええ、有名な魔獣よ。ブルノイア公爵領にいる魔獣で、多くの人間を殺してるわ。公爵様も魔獣を倒すために軍や冒険者を何度も派遣してるの、今までは無人の遺跡を住処すみかにしてたんだけど、今回、北の鉱山に現れたんだって」

「なるほど……鉱山に居座られちゃ困るから、魔獣を討伐したいってことですね」


 イヴリンは「そういうこと」と笑顔で返す。


「でも、この【神格獣】っていうのはなんですか? 普通の魔獣と違うんですか?」

「そう、そこが一番問題なのよ!」


 イヴリンがグイッと顔を近づけてきた。テオは驚き、思わず後ろにけ反る。


「神格獣っていうのはね。

「えっ!? そんな魔獣がいるんですか?」


 テオはイヴリンの言葉が信じられなかった。【神獣の実】のことは色々調べていたが、魔獣が【実】を食べていたなど、今まで一度も聞いたことがない。


「そう、ただでさえ強い魔獣が【神獣の実】を食べたら、そりゃ~とんでもなく強くなっちゃうよ。だから危険度はこの前のレッドベア討伐より、かなり高いよ。それでもやる? ライツ君」


 テオはしばらく考え込む。確かに能力者となった魔獣の力は想像もできない。例えこちらにも能力があったとしても、無事でいられる保証はないんだ。

 それでも――と、テオは思う。


「やります! 冒険者になるって決めた時から、危険は承知のうえです。その依頼、受けさせて下さい!!」

「うーん、やっぱりそうなるよね。でもそうなると、もう一つの問題がネックになるわ」


 イヴリンが困った表情をする。テオは一歩前に出て「なんですか? もう一つの問題って?」と、鼻息荒くイヴリンに詰め寄った。


「この依頼、受ける時に条件があるの。その条件さえ満たせばいいんだけど……」

「条件?」


 イヴリンはふぅーと一呼吸してテオの目を見た。


「D級冒険者から依頼は受けられるんだけど、規模が大きい討伐になるから、依頼はパーティー単位で申し込まなきゃいけないの」

「パーティー? 個人では申し込めないんですか?」

「そういうことになっちゃうね。ライツ君も申し込む場合は、どこかのパーティーに入れてもらうか、もしくは自分でパーティーを作るしかないわね」  

「パーティー……」


 予想外の条件に、テオはどうしよう。と困惑した。

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