第27話 大規模な討伐隊
バタバタとうるさい音が聞こえてくる。
テオは「う……うぅ……」と目をすがめながら起床した。自分が寝袋の中に入っていること、そしてここが天蓋の中だということに気づき、討伐に来たんだったな。と思い返す。
「なんの音だろう?」
天蓋の側面には光が当たり、影が次々と通り過ぎていく。そこでようやく人が移動する足音だと分かった。
テオはモゾモゾと寝袋から抜け出し、隣で寝袋に埋まっているウーゴを見る。
気持ち良さそうに大口を開けて寝ていた。
「ウーゴ、起きて。もう朝みたいだよ」
テオが
「おはよう、テオ」
「おはよう、ウーゴ。もう行かないと。すぐに準備しよ」
「うん、分かった」
ウーゴは寝袋を脇によけ、自分が持ってきたリュックを手に取る。
中からマスクや金棒を取り出すなどの準備を始めた。そんなウーゴを横目にテオが視線を移すと、ミアが寝ていることに気づく。
寝袋にも入っていないため、風を引いてないか心配になった。
テオは歩み寄り、「ミア、起きて」と声をかける。ミアは低血圧なようで、なかなか起きず、やっと起きたと思ったら薄目で睨んできた。
「お、おはよう。外が騒がしいんだ。そろそろ行かないと」
ミアは不機嫌なままだったが、目を
「僕らも行こうか」
テオの言葉にウーゴは「そうだね」と同意し、ミアは無言で頷く。
三人で歩いて行くと、冒険者と思われる人たちが一カ所に集まっている。よく見れば、全員なにかを受け取っているようだ。
「炊き出しだよ、ミア、ウーゴ! 朝ご飯だ!」
テオとウーゴは走り出し、ミアはゆっくりとあとを追った。
◇◇◇
テオは配給係からパン一つとお
「このパンおいしいよ。肉と野菜が入ったスープもけっこういける!」
がっついて食べているテオの横に座ったミアは、その様子を見て目尻を上げる。
「ちゃんと手は拭いたの? "いただきます"も言ってないんじゃない?」
「手は拭いてないけど……"いただきます"はちゃんと言ったよ。母さんみたいなこと言うんだな、ミアは」
二人がそんな会話をしている間に、ウーゴは悲しそうな表情でパンをかじっていた。それに気づいたミアは「どうしたの?」とウーゴに尋ねる。
「うぅ……量が少なすぎて……」
テオとミアは「ああ」と渋い顔をする。確かに、この量は子供には充分だが、大人には少ないだろう。ましてウーゴの体は普通の大人以上に大きい。
ちょっとかわいそうだな、と思ったテオだったが、自分たちで持ってきた食料は、ここに来るまでに食べてしまっている。
これだけ大勢の冒険者がいる中では、食事は我慢するしかない。
「やあ、おはよう、ライツ」
「あ、アメリアさん。おはようございます」
テオたちのテーブルに近づいて来たのはアメリアだった。相変わらず美しく、立派な鎧に身を包み、長く綺麗なブロンドの髪をなびかせている。
朝早くても、その
「食事が終わったらすぐ出発するそうだよ。準備しておくといい」
「そうなんですね。分かりました」
テオがニッコリ微笑んでお礼を言うと、横にいたミアが肘でつついてくる。テオは「そうだ!」と思い、アメリアに尋ねる。
「ア、アメリアさん……僕たち、討伐対象の魔物のこと、よく知らないんですよ。できれば、教えてもらえるとありがたいんですが……」
「なんだ、そんなことか。もちろん構わないよ」
気さくに答えてくれるアメリアに、テオは「ありがとうございます!」と頭を下げた。
「ただ、出発が近い。食事が終わってから話そう」
テオの皿は空っぽで、ウーゴも完食していた。テオとウーゴの目は、自然とミアの皿に向けられる。
「す、すぐに食べるから!」
ミアは慌ててパンを頬張った。
◇◇◇
アメリアに連れられ、テオたちはいくつもの天蓋を抜け、集落の西側に来ていた。
そこには公爵領の騎士団が500人ほど整列しており、テオは圧倒される。さらに冒険者も200人は集まっていた。
ここまで大勢の人を見るのは初めてだ。
「す、すごい……こんな大人数で行くんですね」
テオが目を見開いてつぶやくと、隣にいたアメリアが苦笑する。
「神格獣を倒しに行く訳だからね。これでも少ないぐらいじゃないかな」
「そうなんですか!?」
二人がそんな会話をしていた時、整列した騎士団の前方から、大きな声が聞こえてきた。
「まずは我々、ブルノイア騎士団から出発する。全員、気を引き締めろ!!」
姿は見えないが、号令をかけているのはライアンだろう。よく通る声が辺りに響き渡る。
続いて冒険者たちも歩き出した。200人以上の大所帯なため、テオたち最後尾の人間が動き出すのに五分くらいの時間を有した。
テオは歩きながら、隣にいるアメリアに話しかける。
「あ、あの、前に言っていた魔獣……神格獣について教えてもらえませんか?」
「ああ、そうだったね」
アメリアはテオの顔を見て話し始める。
「神格獣――【神獣の実】を食べた魔獣のことだけど、ここだけじゃなく、世界中で確認例がある。どの個体も凄まじい強さで、各国が手をこまねいている状態だよ」
「ここにいる神格獣も相当強いんですか?」
アメリアの表情がわずかに曇る。
「ああ……我々が今から倒しに行く神格獣、"デルピュネー"は巨大な蛇のような魔獣だ。恐ろしいほどの力と堅い体表、傷を再生する能力まで持つ。A級冒険者が集まっても倒すのは至難の業だろう」
テオはゴクリと生唾を飲む。
「い、今までも倒そうとしたことはあったんですか?」
テオの問いに、アメリアは前を向いたまま小さく頷く。
「元々デルピュネーはね、ここからさらに北東にあるオルイド遺跡という場所をねぐらにしてたんだ。ブルノイア公爵は何度も軍と冒険者を討伐に差し向けたんだけど、ことごとく失敗、多大な犠牲を払うことになった」
テオだけでなく、ミアとウーゴも不安げな表情になる。
「オルイド遺跡は人がいない土地だからね。無理に討伐する必要はないと判断され、長らくデルピュネーの件は棚上げされていた。しかし、ねぐらを鉱山に移動したとなると……」
「ほっとく訳にはいかなくなったんですね」
言葉を発したのはミアだった。アメリアは優しい表情でコクリと頷き、話を続ける。
「その通りだ。鉱山が閉鎖すると経済的な影響が大きい。ブルノイア公爵も、今回は見過ごせないと考えたのだろう」
「だからこんなに大規模な討伐隊を……さすがにこれだけいれば、神格獣でも倒せますよね?」
テオは期待を込めてアメリアに尋ねる。だが、アメリアは深刻な顔をする。
「さあ、どうだろうね。私が知る限り、世界で神格獣を討伐した事例は――」
アメリアは隣を歩くテオの目を見た。
「一例もないんだ」
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