第40話 幻の進撃

 ブルノイア騎士団を蹂躙するデルピュネーは、殺した人間の頭を食らっていた。

 自分の傷を癒やすには、たくさんの獲物を食うしかない。その中でも魔力を宿す魔獣と人間がもっとも優良な食料となる。

 魔獣は強く逃げ足も速いが、人間は弱く、一カ所に集まっているため狩りやすい。

 この場所は特に人間が多く、食料を得るには最適だった。

 デルピュネーは多くの人間を殺しまくっていく。ここには以前いたような強い人間はいない。

 殺して食う、殺して食う、を繰り返し、自分の腹を満たしていく。

 何人もの人間を殺していた時、デルピュネーの背中に悪寒が走る。ハッとして辺りを見回すが、逃げ惑う人間たちがいるだけ。

 気のせいだろうか? だが、本能が危険を知らせてくる。

 なにかが来る。そう思った瞬間、顔に激痛が走った。手で顔を覆うと、血が出ていることに気づく。

 。なんなのか分からず周囲を見渡すが、やはり強そうな人間はいない。

 にもかかわらず――

 デルピュネーは自分の体に無数の傷がついていることに気づいた。一つ一つは小さな傷だが、いつの間にか付けられている。

 間違いなく。デルピュネーは咆哮を上げた。自分を攻撃してくる者は絶対に赦さない。

 体を回転させ、周囲の人間を薙ぎ払う。誰も自分に近づけさせない。デルピュネーがそう考えていた時、人垣の向こうから大きな人間が走ってくる。

 見たことのある人間だった。自分の頭に深い傷を負わせた者。

 デルピュネーは頭に血が上り、その人間に対する憎悪が膨れ上がった。

 あの人間は確実に殺す。すぐに駆け出し、デルピュネーは斧を構える大男に向かって突っ込んだ。

 頑丈な体の人間だったが、力では自分の方が遙かに上。デルピュネーは迷わず二本の左腕を突き出す。

 

「おおおおおおおおおおおおおおお!!」


 大男は絶叫し、斧を振るってくる。

 自分の手と斧が激しく交錯した瞬間――デルピュネーは宙を舞う自分の左腕を目にした。一瞬、なにが起きたのか分からなかったが、大男に腕を斬り飛ばされたのだと理解する。

 だが、もう一本の左手は男の首元に入った。ニヤリと笑みを浮かべようとしたデルピュネーだが、男は微動だにしない。

 まるで巨大な岩のように、動く気配もない。男は踏み込み、斧を斬り上げてくる。デルピュネーは上半身を引いてかわそうとしたが、とても間に合わない。


「ガアアアアアアアアアアア!!」


 肩口を斬り裂かれ、痛みで声が漏れた。大量の血が噴き出し、デルピュネーはパニックになる。

 大男はさらに体当たりしてきた。

 大きさが違うのだ。デルピュネーは力ずくで押し返そうとしたものの、相手の力は思いのほか強く、後ろに押し込まれてしまう。

 地面に倒れたデルピュネーは信じられない気持ちになった。

 こんな小さな人間に力負けするなんて。すぐに体勢を立て直し、大男を睨み付ける。

 その時、大男の後方にも誰かいることに気づいた。見覚えのある立ち姿。

 以前、自分を"水"で攻撃してきた人間だ。デルピュネーは警戒感をあらわにする。

 やはり自分を追い詰めた連中が、この場所に集まっているのだ。

 だとしたら、

 デルピュネーは周囲を見回し、他にも強い人間がいないか見つけようとする。

 その隙を突き、小さな人間は無数の"水"を放ってきた。デルピュネーは腕を上げ、防御態勢に入る。

 鬱陶しい攻撃だが、大したダメージにはならない。そう高をくくったデルピュネーだったが、腕や体になにかが突き刺さった。

 見れば、体中に長い氷が刺さっている。

 水ではない。飛ばしたのは氷の刃物だ。デルピュネーは腕で氷を払いのけるも、傷口は凍っているため、簡単に再生できない。

 大男の猛攻に、氷による攻撃。デルピュネーは防戦一方を余儀なくされる。

 明らかに以前より強い。本能が危険を知らせ、この場から逃げるよう警鐘を鳴らしている。

 デルピュネーは退路を確認しようと振り返った時、今度は右目に激痛が走った。

 絶叫し、両手で顔を覆う。

 痛みで頭に血が上り、周囲の物を手当たり次第に破壊する。

 デルピュネーは最悪の事態を理解していた。目が見えない。再生するまでの間、自分は完全に視界を失ったのだ。


 ◇◇◇


「よし! これでしばらく目が見えないはずだ」


 地面に着地したテオは、暴れる神格獣を見上げる。【ギュゲスの実】の能力を使い、透明になって攻撃し続けた。

 はやり視認できない奇襲の効果は絶大だったようだ。

 透明だったテオの体が、徐々に色を帯びていく。五分経ち、能力が解除されたのだろう。だが、相手の視界を奪った今、もはや透明である必要性はない。

 テオの視線の先では、ウーゴが斧を振り上げ、雄叫びを上げていた。振り下ろした斧の一撃は神格獣の体を斬り裂き、真下の地面を爆散させている。

 その威力に、仲間のテオでさえゾッとした。ただでさえ怪力のウーゴが【ヘラクレスの実】を食べたのだ。その能力は、筋力を五倍以上に引き上げるもの。

 今のウーゴの攻撃は、巨大な魔獣であってもたまらないはずだ。

 さらに離れた場所にいるミアも追撃の手を緩めない。

 何発もの氷塊を神格獣に撃ち込んでいく。

 先の尖った氷塊は魔獣の体に突き刺さり、パリパリと凍っていった。そして地面にも氷は広がり、蛇の胴体を地面に貼り付けてしまう。


「ガアアアアアアアアア!!」


 神格獣は動けなくなったことに苛立ちを見せる。氷を割ろうと体をムリヤリ動かした瞬間、地面の氷から無数の氷柱つららが突き出した。

 長い氷柱は魔獣の体を貫き、大ダメージを与えたようだ。

 デルピュネーは絶叫する。

 一部始終を見ていたテオは息を飲んだ。氷の能力を得たミアの攻撃力は、想像を絶するほど上がっていた。

 神格獣といえど、あの攻撃が効かないはずがない。

 テオも負けてられないと、剣を下段に構え、前を向く。


「ここからは出し惜しみなしだ! 全力で行く!!」


 テオの全身に青い炎が灯った。くるぶしからも炎が噴き出し、ダンッと地面を蹴って敵に突っ込む。

 動きの取れない魔獣は逃げることもできず、ただ藻掻くように腕を振り回しているばかりだ。テオは剣の切っ先を神格獣の体に当て、そのまま走って行く。

 蛇の長い胴体に傷が入り、その傷口から青い炎が噴き出す。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 苦しがって暴れる魔獣。テオはさらなる攻撃を仕掛けるため、デルピュネーの胴体を蹴って上に飛び上がる。

 目の前には魔獣の首があった。

 テオは迷いなく、炎の灯った剣を魔獣の喉元に突き立てる。腕を振るって阻もうとしたデルピュネーだが、

 剣の切っ先は喉に突き刺さり、青く激しい炎が噴き出した。

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