第39話 希望の光

 公爵からは、しばらくデナーダイトに滞在してくれないかと提案を受けたが、外泊ができないテオたちは丁重にお断りする。


「もし、なにかあればパルキアのギルドに伝えて下さい。僕たちもギルドと連絡が取れるようにしておきますので」


 ギルドには連絡用の『アーティファクト』もあるはずだ。クラウツさんから借りればなんとなるだろう。

 公爵は顎髭を撫で、小さく微笑む。


「そうか、分かった。今後のことはギルドの職員と詰めることにしよう。今日は来てくれて感謝する。パルキアまではこちらが用意した馬車で送らせてくれ」

「ありがとうございます」


 テオたちは席を立ち、お礼を言って辞去しようとした。

 その時、部屋のドアが激しくノックされる。公爵は何事かと顔をしかめた。扉が開かれ、慌てて入って来たのは眼鏡をかけた中年の男性。領内で働く役人だろうか?

 男は息を切らし、公爵の前に歩み出る。


「なんだ、騒々しい。客人の前だぞ」


 公爵は語気を強めて叱責すると、男性は「申し訳ありません」と言って息を整えながら頭を下げる。そして姿勢を正し、公爵の双眸そうぼうを見た。


「火急の報告があったため、失礼を承知で参りました」

「なんだ? 火急の報告とは」


 公爵は眉間にしわを寄せて尋ねた。男は眼鏡を直してから、意を決して口を開く。


「神格獣、デルピュネーが現れました! 街の西にあるユルシル川からこちらに向かっているそうです」

「なんだと!?」


 公爵の顔色が一気に変わる。


「騎士団はもう出たのか?」

「はい。騎士団長のオッペン様が直々に指揮を執り、出陣しています」

「そうか……オッペンが」


 公爵がややホッとした表情をする。オッペンという人物を、相当信頼しているのだろう。


「すまない、ライツ。早々に力を借りたい状況になった。騎士団に加勢し、デルピュネーと戦ってくれまいか」


 公爵の願いに、テオは力強くうなずく。ミアとウーゴも同じようにうなずいた。


「分かりました。今度こそ、必ずデルピュネーを倒します!」


 テオたちは報告に来た男性に案内され、公爵邸を出る。その足で馬車に飛び乗り、街の入口へと向かった。


 ◇◇◇


 デナーダイトの正門前には、多くの騎士が集まっていた。さらに冒険者も駆けつけ、総勢700人以上が神格獣を待ち受ける。

 テオたちを乗せた馬車も到着した。すぐに馬車を降り、辺りを見回す。


「うわ~すごい。けっこう集まってる」


 テオは騎士団や冒険者の多さに驚いた。以前の討伐隊と同じくらいいるんじゃないだろうか。

 全員が正門に目を向けている。

 門の向こうからデルピュネーが来るのか? テオたちはゴクリと喉を鳴らしながら同じように門を見た。

 前方でドンッ、ドンッと変な音が鳴っているが、ここからでは人垣があるせいで、門の状況がよく見えない。


「ウーゴ、なにか見える?」


 テオが背の高いウーゴに尋ねると、「なんだか……門にヒビが入ってるよ」と手でひさしを作りながら答えてくれる。


「ヒビ?」


 なにが起きているのか分からなかったが、前にいる騎士団が異様なほど騒いでいる。


「まさか……もう、来てるのか?」


 しばらくすると、足元がわずかに揺れていることに気づく。地面に落ちている小石は、カタカタと震え出していた。

 明らかな異変に、テオはキッと眼前を睨む。次の瞬間――正門が爆発し、コンクリートの破片と粉塵が舞い散った。

 見れば前方にいた騎士団が空を舞っている。


「し、神格獣だ!!」


 叫んだテオの視線の先に、巨大化したデルピュネーがいた。以前付けた傷は残っているようだが、凶暴性はまったく衰えていない。 

 鋭い爪のついた右腕を振り上げ、騎士団を薙ぎ払っている。

 やはり騎士団では手に負えないんだ。テオはすぐに駆け出した。


「行こう! 僕たちでアイツを止めるんだ!!」

「うん!」

「わ、分かったよ」


 ミアとウーゴも頷き、テオのあとを追って走り出す。前方には騎士団や冒険者の人垣ができていたが、デルピュネーの猛攻でほとんどの人が吹っ飛ばされていた。

 倒れている人の合間を抜け、テオたちは走って先に進む。

 そんな時、一番後ろを走っていたウーゴが、「あ!」と言ってなにかを見つける。そこにあったのは騎士団の一人が落としたバトルアックスだ。

 武器を持ってこなかったウーゴはバトルアックスを手に取り、テオとミアのあとを追いかけた。


 ◇◇◇


 ブルノイア公爵は屋敷から出て、街の高台に来ていた。

 ここなら街を一望することができる。

 ブルノイアが目を向けたのは正門がある場所だ。多くの騎士団が陣取り、戦闘の準備を始めている。

 デルピュネーは西のユルシル川から上がって来たとの報告を受けた。

 それならば正門から来る可能性が高い。

 ブルノイアが深刻な表情でいると、後ろにいた執事が声をかけてくる。


「ブルノイア様、正門だけで神格獣を止められるとは思えません。騎士団は本当にむかえ撃てるでしょうか?」

「うむ……オッペンに任せるしかあるまい。それに、幸運にも今日は噂の冒険者もいるからな。充分、勝ちの目はあるだろう」


 公爵家に長年勤める執事は、わずかに顔をしかめた。


「あの三人ですか……見る限り、普通の子供としか思えませんが」

「なんにせよ、今日でその実力が分かるだろう。噂通りの力があることを願うしかあるまい」


 公爵と執事が見つめる先、大きな正門から爆音が聞こえてきた。


 ◇◇◇


 暴れ回るデルピュネーを前に、騎士団長のオッペンは息を飲む。

 屈強な騎士団は蹴散らされ、B級以上の冒険者でも相手にならない。馬にまたがり、剣を握りしめるオッペンは奥歯を噛む。

 騎士団長という職務を預かっていても、武力という面では、副団長のライアンに及ばなかった。

 オッペンは能力者ではないのだ。

 この街にいた能力者は、前回の神格獣討伐に参加し、全員死んでしまった。そのため、このデナーダイトに能力者は残っていない。

 通常の戦力で戦うしかなかった。

 だが、神格獣の猛攻は誰にも止められない。巨大な蛇は胴を回転させ、尾っぽを振って人々を薙ぎ払っている。

 なんとか近づこうとした騎士も、鋭い爪に引き裂かれてしまう。

 あまりにも理不尽過ぎる暴力を前に、オッペンは絶望的な気持ちになる。デルピュネーは200人以上を打ち倒し、オッペンの間近に迫ってきた。


 ――もはや、ここまでか。


 オッペンは覚悟を決め、剣を構えて突っ込もうとする。その時、自分の脇を走り抜ける人影があった。

 視線を移せば、それは二人の子供と大柄な男性だ。

 まっすぐにデルピュネーに向かっていく。

 オッペンはその三人が誰かすぐに察し、馬の手綱を引いて馬の脚を止める。


「あれが……デルピュネーと互角に戦った冒険者か」

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