第2話 能力者
家から少し離れた原っぱまで足を止める。
この辺りは田んぼばかりで民家はほとんどない。テオの家からお隣さんの家まではかなりの距離がある。
そのため、ここでなにをしようと人に見られることはないだろう。
テオは呼吸を整え、意識を集中する。本で読む限り、【神獣の実】の能力を使うにはイメージが大事らしい。
目を閉じ、自分の足に意識を向ける。
ギャロップは大地を駆ける炎の聖獣だ。その足に追いつける者はなく、凄まじい速さでどこまでも走り抜けると言う。
そんなギャロップの能力を宿した【ギャロップの実】。
使いこなせれば誰よりも速く動けるはずだ。テオは足に力を込める。
「できる……僕ならできる!」
テオがカッと目を見開いた瞬間、両足の
「わあっ!」
テオは驚いて
「す、すごい……この炎、全然熱くない……」
炎に手をかざしてみるものの、熱さはまったく感じない。物を燃やすための炎ではないのだろう。
テオは正面を向き、身を屈める。
「まずは、少し力を抑えて……っと」
軽く地面を蹴ると、体がグンッと前に持っていかれる。地面に穴が空き、テオは風になったように大地を走り抜けた。
「わっ、わっ、わわわわ!」
あっという間に百メートル以上進んだが、あまりの速さに足が
勢いは止まらず、ゴロゴロと転がって田んぼに突っ込む。
「ぶはっ! 痛たたた……ああ~泥だらけになっちゃった」
テオは服についた泥を払い、周囲を見渡す。かなりの距離を進んだことに、改めて驚いた。
やっぱり本に書かれていた通り、【ギャロップの実】は信じられない速さで走れるようだ。
テオはもっと試してみようと思い、何度も足に炎を灯して走ってみる。
しかし、何度走っても転んでしまい、しばらくすると体は傷だらけ、そして泥まみれになっていた。
「はぁ……はぁ……ダメだ。簡単に使いこなせない」
テオは溜息をつき、今日のところは諦めて家に帰ることにした。
泥だらけで家に入ると、母親が「どうしたの!? そんなに汚して!」と金切り声を上げる。
なんとかごまかし、服を脱いで部屋に戻った。
テオは椅子に座り、勉強机に突っ伏す。
「さすがに疲れたな……」
テオは静かに目を閉じた。体中、あっちこっちが痛いものの、心の底からフツフツ湧き上がる嬉しさもある。
オレンジの実は、本当に【神獣の実】だった。
王族や貴族、それに大商人でもなかなか手に入らないと言われる希少な実。
それを食べることができたんだ。テオは信じられない気持ちと高揚感で、なんとも言えないふわふわとした感覚に
ただ予想外のこともあった。神獣図鑑に記載されている【ギャロップの実】の希少性は星一つ。これは神獣の実の中でも、比較的扱いやすいことを意味する。
それなのに全然使いこなせなかった。
自分はまだ十三歳と、体が成長しきってないこともあるが、それでもここま実の力に振り回されるとは思ってなかった。
テオは机に突っ伏したまま、視線を部屋の壁に向ける。
壁に貼ってあるのは英雄と呼ばれた冒険者『ライツ・オーガス』の絵画だ。
地面に突き刺した剣の柄を右手で握り、質素だが威厳のある鎧を纏う。凛とした顔は正面を向き、鋭くも優しそうな目が印象的だ。
今は亡き父が、何度も英雄『ライツ』の話をしてくれた。
三つの【神獣の実】を食べた最強の能力者。人に害を為す"魔獣"を何体も倒し、国同士で行われた大きな戦争でも功績を上げた。
実在した伝説の冒険者だ。
テオの憧れの存在であり、いつか自分も『ライツ』のような冒険者になりたいと思っていた。それがテオの夢であり、目標だった。
小さな本棚に目を移せば、冒険者に関する本がいくつも並んでいる。
「僕も能力者になれたんだ。この力をうまく使うことができれば、一流の冒険者になることだって――」
冒険者は平民であっても、実力があればなることができる。
――僕は神様からチャンスを貰ったんだ! 絶対に冒険者に……。
そこまで考えて、テオはハッとした。
ガバッと上半身を起こし、机の端に置いていた"神獣図鑑"に目をやる。
「まてよ……あの木……【ギャロップの実】がなっていたあの木……他にも"実"がなるんじゃ……」
テオは立ち上がり、急いで部屋を出た。物置の扉を開け、中にある棚や道具箱を見て回る。
「確か、この辺にあったような……」
探していたのは祖父が川魚を捕まえるのに使っていた
あれなら丁度いいのに、と思いながら漁っていると、大きな木箱の中に入っているのを見つけた。
テオは「これこれ」と言って投網を取り出し、脇に置く。
その他にも必要な物を手に取り、大きな手提げ袋に入れて玄関に向かった。
「ちょっとテオ! どこに行くの!? もう暗くなってきてるわよ」
眉根を寄せる母親に、靴を履いたテオは「すぐに戻るよ」と言って再び玄関を飛び出した。
家の裏手にある山に駆け上り、"木"を見つけた場所を目指す。
途中、山を下りてくる祖父の姿が見えた。ここで見つかると家に連れ戻されるかもしれない。テオは木の陰に隠れてやり過ごす。
弓を背中に担いだ祖父が遠ざかっていくのをジッと見つめる。
テオの祖父は長年、この辺りの山で狩りを行う猟師だ。
昔からテオにあとを継いでほしいと、ことあるごとに言っていた。
――期待してくれるのは嬉しいけど、僕は冒険者になりたいんだ。ゴメンね、じいちゃん。
テオは再び駆け出し、山道を抜けて大きな木の根元に辿り着く。
目の前にあるのは獣道につながるあの穴だ。テオは身を屈め、穴の中を進む。どうしても確かめなくちゃいけないことがある。
ギャロップの実がなっていた木。あの木に他の【実】がなるのかどうかを。
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