【神獣の実】が成る伝説の木。近くの山にあるんですが。

温泉カピバラ

第一章

第1話 裏山で見つけたもの

 神獣の実――


 神や精霊、聖獣や魔獣が持つ能力を宿すと言われる幻の果実。

 人間が食べれば特殊な力を得ることができるため、【神獣の実】は誰もが憧れ、追い求めていた。

 しかし、【実】が見つかることは極めて稀。海に浮かんでいたり、海岸に流れ着いたものが偶然見つかることはあるものの、意図的に探し出すことはほぼ不可能。

 それゆえ、【神獣の実】は高値で取引され、ものによっては国家予算に匹敵する金額がつけられていた。

 そして世界中の人々の関心は、一つの謎に集約される。

 すなわち、? ということ。

 ある者は海底にあると言い。ある者は雲の上にあると言う。ある者は誰も入ったことのない迷宮にあると言い。

 ある者は"木"自体が存在しないと言う。

 真実を知る者は誰もいない。分かっているのは人知を超える【不思議な実】があるということ――

 ただ、それだけだ。



「……これ……神獣の実だよね……」


 テオは目の前にある木を見て、呆然としていた。

 二メートルほどの小さな木。樹皮は白く、とても綺麗だ。みきからいくつもの枝が伸びているが、葉は一切ない。

 そんな小さな木の枝に、拳大こぶしだいの【実】が成っている。

 形は丸く、ツヤツヤと光沢があり、鮮やかなオレンジ色をしていた。

 実の真下、木のまん前には『丸い池』があり、テオが覗き込んでも底が見えない。どこかに繋がっているのだろうか?

 テオがもう一度オレンジ色の実を見ると、風に吹かれてフルフルと揺れている。


「こ、これ、取ってもいいのかな?」


 テオは恐る恐る手を伸ばす。【実】に触れそうになった時、はたと気づいた。


「待てよ! 実が落ちるまで待たなきゃいけないんじゃ……もぎ取ったら効果がなくなるかもしれないし……」


 テオはオロオロと悩み始める。待つべきか、待たざるべきか。

 一旦、家に帰って【実】をキャッチするための風呂敷やロープを持ってくるべきか? いや、その間に【実】が池に落ちて、そのまま沈んでいくかもしれない。


「どうしよう、どうしよう! 【神獣の実】なんて、一生に一度、手に入るかどうかだし、ここでのがす訳にはいかないのに……」


 テオが悩んでいると、オレンジの実は風に揺れ、ヘタの部分が枝からプチッと千切れてしまった。

 ポチャンッと池に落ち、ブクブクと沈んでいく。


「あああああああああ!」


 テオは慌てて池に手を突っ込み、オレンジの実を掴んで池から取り出した。


「や、やった……」


 服や腕はビチャビチャになったものの、【実】は綺麗な状態で手に入った。


「これ……本当に【神獣の実】だよね? 家に帰って確認しないと!」


 テオは興奮が抑えられず、オレンジの実を抱えたまま走り出した。生い茂っている低木を飛び越え、こけまみれの岩を登り、大きな樹の根元へ向かう。

 そこには子供が通れるぐらいの穴があった。

 動物が通る獣道だろう。テオは頭を下げ、屈んだまま穴の中を進む。

 しばらく歩くと、十メートルほど先に光が見えた。テオは小走りで穴を抜け、地上に出る。

 いつも来ている裏山だ。テオは服の汚れを払い、坂道を下る。

 五分くらい走ると、弓を担ぐ祖父の背中が見えてきた。


「じーちゃん、ごめん! 僕、先に帰るよ」

「なに!? テオ、どこに行っておったんじゃ?」


 困惑する祖父を尻目に、テオは全力で山を駆け下りる。銀色の髪を揺らし十分ほど走ると、山のふもとに一軒の古びた家が見えてきた。

 テオが祖父と母の三人で住む家だ。

 玄関の扉を開け、靴を脱ぎ散らかして中に入る。


「あら、テオ。おじいちゃんと狩りに行ったんじゃなかったの?」


 テオの母親が驚いて台所から顔を出す。


「あ、うん。ちょっと先に帰ってきたんだ。部屋で勉強するから中に入らないでね」


 自分の部屋に飛び込み、扉を閉めて抱きかかえた【実】を勉強机の上に置く。

 まだ濡れている手やそでを手ぬぐいでき、棚にある分厚い本を取り出す。机の上に置いて、ページをパラパラとめくった。


「あ、あった! これだ……」


 開かれたページに載っていたのは、丸いツルツルとしたオレンジ色の果実。

 すぐ隣に置いてある【実】と見比べる。


「やっぱり、これ……【ギャロップの実】だ!」


 祖父に無理を言い、古本市で買ってもらった『神獣の実・図鑑』。そこには【実】の特徴や能力の詳細などが書かれていた。

 冒険者に憧れていたテオはこの本を愛読し、何度も読み返していた。


「食べると両足のくるぶしから炎が噴き出し、信じられない速度で走ることができる。聖獣ギャロップの力を宿してる実……本物なら僕も凄い速さで動けるようになるよね」


 テオは目を輝かせ、オレンジの実をゴシゴシとそでで拭いた。

 本当に神獣の実かどうか分からない。下手をしたらお腹を壊すかもしれないけど、それでもテオは食べてみたいという衝動にあらがえなかった。

 実を両手でしっかりと持ち、あぐっとかじりつく。

 果汁が噴き出し、手を伝って床に滴り落ちる。もぐもぐと咀嚼するテオはしっかりと味わって食べる。


「……甘いのかと思ったけど……ほとんど味がしないな」


 少し意外だったが、種もなく、とても食べやすかった。テオは残さず完食し、手ぬぐいで口や手を拭いた。

 体に変化はなく、足が速くなった感じもしない。


「確かめてみないと」


 テオは部屋を出て玄関へ向かう。その様子を見た母親が声をかけてきた。


「テオ、また出かけるの? 今度はどこに行くの?」

「うん、ちょっとね。夕飯までには戻るから」


 靴を履いたテオは玄関扉を開け、たかぶった気持ちのまま外に飛び出した。

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