第15話 初めての報酬

「アメリアさん。ここにいたレッドベアは全部倒しましたから、もう大丈夫だと思います」


 アメリアは言葉に詰まる。フード付きのマントを羽織り、仮面をつけた冒険者。

 だが身長や声のトーンから、十代前半くらいの少年だと容易に想像がつく。こんな子がメンバー内にいただろうか?

 アメリアは自分の注意力のなさに辟易へきえきする。


「君の名前を教えてくれないか?」

「僕はライツです。D級冒険者で、今回が初の討伐依頼だったんですけど」

「初……これが初めてだったのか。それは凄いな」


 アメリアは思わず感嘆の息を漏らす。


「君の班の冒険者はどうなった? 無事なのか?」

「ああ、みんな大怪我してて……案内します。こっちです」


 アメリアは少年のあとに続き、森の奥へと分け入っていく。すると何人もの冒険者がうずくまっていた。

 全員が血だらけで、かなりの重傷だ。

 アメリアは班のメンバーに指示を出し、治療にあたらせる。治療薬や回復用のアーティファクトもあるため、命を取り留めることはできるだろう。

 唯一立っていたのは、班長であるアドラだけ。そのアドラでさえ大怪我をして立っているのがやっとのようだ。


 ――C級冒険者のアドラでもあの様子。本当に熾烈な戦いだったんだな。


 アメリアは改めて少年を見る。

 少年は傷一つない。周りを見るに、レッドベアの死骸は十頭以上ある。この少年が何頭倒したかは分からないが、それでも無傷というのは異常だ。

 アメリアがそんなことを考えていると、手傷を負ったアドラが近づいてくる。


「アメリア、すまねえ。気づかないうちにレッドベアに囲まれちまって、戦うしかなかった」

「仕方がないさ。それより、傷は大丈夫か? かなりの出血だが」

「ああ、俺はいい。それより他のヤツらの治療を優先してくれ」

「しかし……」

「いいだよ。班長を任されたのに、レッドベアを一頭も狩れなかった。情けねえ俺の治療なんて後回しだ」


 アメリアはその言葉に驚愕した。


「一頭も……狩れなかった? じゃあレッドベアは、全てこの少年が倒したのか!?」


 アドラは苦々しい表情になる。


「ああ、そうだ。そいつのおかげで俺たちは助かった。とんでもねえ強さだぜ、まったくよ」


 アドラはフッと微笑み、テオに近づいてくる。


「お前がいなきゃ、全員死んでた。本当に助かったぜ。ありがとな」


 握手を求められ、テオはアドラの手を握り返す。


「いえ、今回はたまたまうまくいっただけです。みなさんが無事で良かった」

「役立たずのガキなんて言って悪かった。お前は一流の冒険者だよ」


 あれほどけなされていた大男に褒められ、テオは耳を赤くしてうつむいた。なんと返していいか分からなくなる。

 そんなテオに、アメリアが話しかけてきた。


「とにかく、ここは怪我人を連れて早く帰ろう。レッドベアはいなくなったかもしれないが、他の魔獣がいるかもしれない」

「そうですね。僕も怪我人の搬送を手伝います」


 テオは他の冒険者と供に、怪我をしている人たちの移動を手伝う。

 アメリアは駆けつけてきた別の班の冒険者に、レッドベアの耳を切り取るよう指示を出した。

 討伐完了をギルドに示すためには、倒した魔獣の一部を持って帰る必要があるからだ。

 

「あんなことするんだ……なにも知らないから勉強になるな」


 そんなことを思いつつ、テオは足に怪我をしている冒険者に肩を貸す。しかし、体が小さいため怪我人を支えきれず、一緒に倒れそうになった。


「うわっ!」


 バランスの崩れた体勢を、誰かがガシッと支えてくれた。テオが仰ぎ見ると、そこにいたのはスキンヘッドの男だ。


「あ、ありがとうございます」

「こいつは俺に任せときな」


 男はフンッと気合いを入れ、肩を組んで怪我人を立たせる。さすがの腕力だ。テオはこの人に任せようと思い、手を離して一歩後ろに下がった。


「おい、ガ……。いや、ライツだったな。俺はアドラだ。ギルドに戻ったら一杯おごらせてくれ、礼がしたい」

「いや……僕、未成年なんで、まだお酒は飲めません」

「はっはっは、固いこと言うヤツだな。まあいい。夕飯ぐらいは奢らせてくれよ。それならいいだろ?」

「あ、はい。それなら」


 そんな会話をしながら、一行は魔獣の森をあとにし、ギルドへと足を向けた。


 ◇◇◇


「ライツくん、聞いたわよ。大活躍だったんだって? 凄いじゃない。初めての依頼で結果を出すなんて!」


 パルキアの町に戻って来たテオは、ギルドの受付嬢、イヴリンに羨望の眼差しを向けられていた。

 テオは照れくさそうにポリポリと頭を掻く。


「いや、そんな……たまたまうまくいっただけで」

「謙遜しない、しない! 偉そうにしてていいんだよ。Bランクのアメリアさんも、手放しで褒めてたぐらいだから」


 あまりにも褒められるため、テオはなんと言っていいか分からず、視線を泳がせていた。そんな時、ギルドへの報告を終えたアメリアが戻ってくる。

 手にはなにかが入った布袋を持っていた。


「待たせたな、ライツ。みんなに報酬を分けるんだが、まず君の分を渡そう」

「え? 僕の分ですか?」


 渡されたのは、ズシリと重い布袋。中を確認すると、ユリウス銀貨三枚と銅貨九枚が入っていた。

 当初聞いていた報酬額より明らかに多い。


「アメリアさん、これって……」

「もちろん、君の取り分だ。君の活躍のおかげで依頼が達成できたんだから、報酬額が増やされるのは当然だろう」

「そう、なんですか?」


 冒険者の報酬について詳しくは知らないが、あとから多くなることなんてあるんだろうか?

 テオが戸惑っていると、アメリアは眉尻を下げる。


「まあ、君が一人で依頼をこなしたようなものだから、全額支給してもおかしくないんだが、他の冒険者にも生活があるからね。特に怪我をした者は治療費もかかる。その額で納得してもらえるかな?」


 アメリアに問われ、テオは「そんな!」と首をブンブン横に振る。


「充分すぎます! むしろもらい過ぎなぐらいです。今回はありがとうございました」


 テオは頭を下げ、お礼を言った。アメリアは「そうか、良かった」と微笑み、他の冒険者たちの元へと向かう。

 テオはいい人と仕事ができたんだな、と改めて思った。


「おい、ライツ」


 野太い声に振り向くと、そこにはスキンヘッドの大男、アドラがいた。

 ニカリと笑い、硬貨の入った布袋を見せてくる。


「報酬が出たからな。約束通り、飯をおごってやるよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る