第23話 二人の能力者
「行きます」
ミアは静かに告げると、無防備なままボルドに向かって歩いて行く。
ボルドは眉根を寄せ、近づいてくる少女を睨んだ。
――なんなんだ、このガキ!? 武器も持たずにどうする気なんだ?
困惑したまま剣を向けるボルド。幼い少女を攻撃するのは、さすがに気が引ける。それでもやらない訳にはいかなかった。
仕方ないと思ったボルドは剣を薙ぎ、少女の右肩を狙う。
剣が肩に触れた瞬間、肩から水飛沫が散った。剣は少女の体を通り、そのまま左肩から抜けてしまう。
「え?」
ボルドは訳が分からなかった。まるで剣が水の中を通ったような、そんな手応え。
少女は何事もなかったかのように右手を伸ばし、手の平をボルドに向ける。
すると少女の周囲に、無数の水球が現れた。
「……
空中に浮かんでいた水球が、一斉にボルドに向かっていく。
その光景は、まるで投擲された槍のよう。ボルドは青ざめ、剣を振るって水球を払いのける。いくつかは防いだものの、すり抜けた水が頬をかすった。
ボルドは自分の顔から出血していることに気づき、その血を手の甲で拭う。
「なんなんだ……なんなんだ! このガキは!?」
少女の周りで水が渦巻き、その水が一瞬で数百の水球になった。少女が右手をかざすと、水球は意思があるかのように左右に揺れる。
そしてボルドに狙いを定め、弾丸の如く放たれた。
「うわああああああああああああああ!!」
◇◇◇
ハッと目が覚めたボルドは、ガバッと上半身を起こす。
どうやら気を失っていたらしい。
辺りを見渡すと、ライツと少女、そしてガタイのいい男が心配そうにこちらを見ていた。
なにが起きたのか分からず、ボルドは混乱する。
そんなボルドを見て、すぐ側にいたクラウツが話しかけてきた。
「大丈夫ですか? ボルドさん」
「あ、ああ……俺はどうして寝てたんだ?」
クラウツは一瞬言い
「ミアさんと戦って負けたんです。彼女の水を操る能力に手も足も出ず……」
ボルドは思い出した。迫り来る水の槍を避けきれず、まともに喰らったことを。自分の体をよく見れば、服は破れ、体中に傷がある。
――あのガキは能力者だったのか。それもただの能力者じゃねえ! 『精霊種』の力を宿してやがる!
ボルドはクラウツの顔を仰ぎ見る。クラウツも理解しているようだった。
「ボルドさん、それで試験結果はどうしますか?」
ボルドはしばし考えたあと、苦虫を噛み潰したような顔になる。
「そんなもん決まってるだろ! 合格だ。Dランクで問題ない」
「分かりました」
クラウツは小さく頷いたあと、「ところで」とボルドに視線を向けた。
「登録試験を受ける者はもう一人いますが、試験は行えそうですか?」
ボルドは「うっ」と言って自分の格好を見る。確かに傷だらけで痛々しい。だが、どれも軽傷。動くのに支障はない。
「大丈夫だ。このまま続ける」
「分かりました。では、そのように」
クラウツは大男の元へ歩いて行く。ボルドは剣を肩に乗せ、大男の隣にいる少女を
まさか能力者……それも恐らくは【ウィンディーネの実】を食べたのだろう。
こんなところで四大精霊の力を使う人間に出会うとは。想像もしていなかったし、今でも信じられない。
「あんなガキが精霊種を……」
ライツが能力者を連れて来たのは驚きだが、大男の方は能力者ではないだろう。いかにも力押しで戦うタイプに見える。
今度こそBランク冒険者としての威厳を示さないと。
大股で歩いてくる大男の前に立ち、ボルドは剣を構えた。この大男も武器を持っていない。ずいぶんとなめられたもんだ。
「おい! 素手でやるのか? 俺はそんなに弱くねえぞ」
「あ、はい……その、武器はないんで、このままで……」
体格に似つかわしくない弱々しい声。ボルドはチッと舌打ちし、剣の切っ先を大男に向ける。
大男は両拳を構え、腰を落とした。
ボルドは身構えたものの、大男はなかなか動かない。ボルドは仕方なく自分から動くことにした。素早く駆け出し、剣を相手の脛に打ち込む。
――ここなら鍛えられないだろう!
ボルドは顔を上げ、大男の表情を見た。だが、大男は痛がる様子もなく、平然としている。
「なんだ!? こいつ!」
その時、ボルドはハッとした。男の皮膚がどんどん黒くなっていたからだ。腕や顔も全て真っ黒となり、奇妙な仮面の奥からギラリと光る両目だけが見える。
大男はドスン、ドスンと走って来た。
ボルドは慌てて後ろに引き、相手の首筋に剣を打ち込む。完全に隙だらけで、戦いに慣れているようには見えない。
だが――
「うがああああああああああああああああ!!」
大男は構わず突っ込んできた。ガードもなにもせず、無防備なままの突進。
バカげた攻撃方法だが、圧倒的な迫力にボルドは「ひっ」と喉を鳴らし、足が止まってしまう。
そこへ大男のタックルが炸裂する。
ボルドの剣はへし折れ、後方へ吹っ飛ばされた。建物の外壁にぶつかり、ずるずると地面に落ちる。
ボルドはまたしても気を失ってしまった。
◇◇◇
「おめでとうございます。お二人ともDランク冒険者として認められました。これがライセンス証です」
クラウツは二枚のプレートを差し出す。テオは「ありがとうございます」と言ってライセンスプレートを受け取り、それをミアとウーゴに渡した。
「これでパーティーが組めますね。ライツさん」
「え、ええ……なんとか依頼を受けられそうです。アハハハ」
テオが苦笑いを浮かべると、クラウツは
「それにしても、本当にパーティーを組む仲間を見つけてこられるとは……しかも能力を持つ優秀な人ばかり」
「まあ、運が良かったんですよ。たまたま見つけた人たちが能力者で」
「では、みなさんはお知り合いではなく、偶然出会っただけなんですか?」
「そ、そうなんですよ! まったく偶然知り合いまして」
完全な嘘だったが、身元を知られないようにするため仕方がない。
もし、能力者になった経緯を調べられたら、厄介事に巻き込まれるかもしれない。
テオはそんなことを考えつつ、クラウツに頼んで正式なパーティー申請をすることにした。
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