第17話 もっとも希少な実

 レッドベア討伐の翌日――

 テオは学校に登校していた。ぽかぽかと暖かい昼下がりの授業に、テオはうつらうつらと微睡まどろむ。

 さすがに疲れが隠せず、授業に集中できない。

 なんとか夕方までは耐えたものの、もう限界だ。テオは鞄を担いで席を立ち、早々に帰ろうとした。

 その時、ミアが仁王立ちしていることに気づく。


「ど、どうしたの? ミア」

「今日、授業中ずっと寝てたでしょ。私の両親がする授業が、そんなにつまらないの?」

 

 ミアは不機嫌そうに睨んできた。テオはブンブンと首を振り、全力で否定する。


「そんなことないよ! ちょっと今日は疲れてて……とにかく授業がつまらなかった訳じゃないんだ」

「疲れるって……体調でも悪いの?」

「いや、そういう訳じゃないんだけど――」


 言葉に詰まったテオは「とにかく! 僕、急ぐから、それじゃ!」と言ってその場を立ち去る。

 走りながらチラリと振り返ると、ミアは困惑した表情でこちらを見ていた。


 ――ごめん、ミア。まだ冒険者のことは言えないんだ。いつか話すから、いつか……。


 テオは罪悪感を覚えつつ、ミアを残して学校をあとにした。


 ◇◇◇


 家に着いたテオだったが、家を素通りし、裏山へと向かう。

 神獣の実がなる木を確認するのは、毎日の日課だった。たとえ疲れていても、できる限りこのルーティーンは守りたい。

 テオはいつものように山を駆け上がり、大きな木の元に行く。

 大樹の根元にある狭い獣道を通って、木々に囲まれた場所に出る。その中にポツンとたたずむ小さな木。

 木漏れ日が当たり、白い枝や幹がキラキラと輝いていた。とても神秘的な光景に、テオはしばらく見とれてしまう。


「いけない、いけない。芽ができてないか確認しないと」


 テオはフルフルと頭を振り、小さな木の元へと向かう。葉などが一切ない白木を見つめると、枝の先になにかがあることに気づく。


「これは……」


 かなり小さいが、間違いなく"芽"だ。芽さえなっていれば、恐らく数日で実になるはず。そう考えたテオは、毎日確認しながら待つことにした。

 そして三日後――


「うわあ~」


 テオは溜息を漏らす。実が成熟し、落ちるのを待っていたが、とうとう自然に落下したのだ。

 木の下に張った投網の中に入った実。

 テオは落ちた実を拾い上げ、マジマジと見つめる。

 それは涙のような形をした青い実だった。表面には光沢があり、今まで見たどの実より美しいと感じる。

 なにより、テオはその実を『神獣の実・図鑑』で見たことがあった。


「やっぱり間違いない。これは【精霊種・ウィンディーネの実】だ」


 興奮が抑えきれない。【精霊種】は、数ある【実】の中でも、最強の能力を有すると言われている。

 希少度は最高の『星三つ』。取引金額は、どんなに安い物でも金貨5000枚はくだらない。売れば一生遊んで暮らせるだろう。

 しかも、これは四大精霊の一つ【ウィンディーネ】だ。どれぐらいの値段になるか、想像もつかない。

 テオは大事そうに【実】を抱え、帰路に着いた。

 自分の部屋に入ると、勉強机の上に【実】を置き、腕を組んでジッと見つめる。当然、売る気など毛頭ない。


「使ってみたいけど……問題があるよな」


 精霊種は希少度が三つ星。つまり、扱うのがとても難しいのだ。使いこなすには一生かかるとまで言う学者もいる。

 そしてもう一つ。精霊種を食べると、別系統の能力が使えなくなるらしい。

 記録こそ少ないが、炎属性の精霊種を食べた冒険者が、土属性の能力を失った事例があったと本に書かれていた。


「僕が身につけた【ギャロップの実】と【ファントムフェニックスの実】は炎属性。この【ウィンディーネの実】は水属性だから、相性が悪いってことだよね。この実を食べるとギャロップとファントムフェニックス、二つの力がなくなるかもしれない」


 さすがにそれは痛すぎる。そう考えたテオは、青く綺麗な実を机の引き出しに入れた。今は保管して、どうするかはあとから決めよう。


「でも、この実っていつまでもつのかな? 食べないとそのうち腐るんじゃ……」


 【神獣の実】は誰も食べないままでいると、いつのまにか消滅し、また木に成って生まれ落ちる、という噂もある。


「それが本当かどうか分からないけど」


 しばらくすると母親の声が聞こえた。テオは席を立ち、夕食へと向かう。

 この【実】をどうするかは、なるべく早めに決めねきゃいけない。どうしても使えないなら、祖父に頼んで売ってもらおう。

 たまたま川辺で拾ったと言えば、信じてもらえるはずだ。

 なにしろ【神獣の実】がどこから来るかなど、誰も知らないのだから。

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