第21話 テオのお願い

 村の学校に来ていたテオは、そわそわした気持ちで授業を受けていた。

 教室を見渡せば、廊下側の前の席にミアが座っており、窓際の後ろの席にはウーゴが座っている。

 二人とも真面目に授業を受けていたが、テオはそれどころではなかった。

 このあと、二人にとんでもないお願いをしないといけないのだから。


「――で、なんなの? 話って」


 ミアが無表情で尋ねてくる。

 授業が終わり、帰り支度をするミアとウーゴに声をかけ、教室に残ってもらっていた。

 ミアは相変わらず冷静な態度なのに対し、ウーゴは「どうしたの、テオ?」と戸惑っているように見える。

 テオは深く呼吸し、意を決して話し出す。


「実は二人にお願いがあって……それで残ってもらったんだ」

「なんだい、お願いって? 僕にできることなら遠慮なく言ってよ」


 温和な表情のウーゴがなんでもないように言ってくる。いつも優しく、困っている時は助けてくれるウーゴに、テオは感謝の念しかない。

 しかし、ミアは違っていた。


「ウーゴ。まだどんな頼み事かも分からないのに、簡単に返事しちゃダメだよ」


 ミアは改めてテオに視線を向ける。


「それで、どんな頼み事なの? ろくでもないことなら、ハッキリと断るけど」


 終始冷静な物言いに、ミアらしいとテオは思った。


「二人も知ってると思うけど、僕は昔から冒険者になりたかったんだ。でも、現実的には無理に決まってる。僕は体も小さいし、力がある訳でもないから……」

「それが分かってるなら、なにも悩むことないでしょ」


 ミアの返しに、テオは「うっ」と言葉に詰まる。


「うん、でも……どうしても諦めきれなくて。やっぱり冒険者を目指してみたいんだ」


 ミアはハァーと溜息をつき、小さく首を振る。青い髪がフルフルと揺れた。


「まだそんなこと言ってるの? 冒険者なんて一部の才能がある人しかなれないんだから。テオはお爺さんのあとを継いで猟師になるんでしょ?」

「もちろん! 爺ちゃんのことは尊敬してるけど、僕は猟師にはならない。絶対に冒険者になるんだ」


 ミアとウーゴは顔を見合わせ、なんとも言えない表情をする。


「テオ、あなたの夢は分かったわ。それで、私たちに相談ってなんなの?」


 いよいよ話の核心だ。テオはゴクリと喉を鳴らし、姿勢を正す。


「ミア、ウーゴ! 僕と一緒に冒険者になって、パーティーを組んでくれないか?」


 二人は一瞬キョトンとし、テオを見つめたまま固まってしまった。やっぱり唐突過ぎたか……とテオは後悔するものの、もう言葉を飲み込むことはできない。

 二人の反応を、テオはオドオドしながら待った。


「まったく……なにを言い出すかと思えば」

 

 ミアは椅子から立ち上がり、鞄を持った。


「私、勉強があるから帰るね」

「ま、待ってくれミア! 僕は本気なんだ。パルキアの町で冒険者登録もした。一回だけど依頼もこなして、認めてくれる人も出てきたんだ」


 真剣な顔をするテオに、ミアは眉をひそめる。


「冒険者登録なんてできる訳ないでしょ。テオは子供なんだから」

「じゃあ、証明するよ。僕が冒険者になれたって! そしたら真剣に考えてくれないかな?」


 ◇◇◇


 困惑するミアとウーゴを連れ、テオは校舎の裏手にある空き地に来た。もう下校時間を過ぎたこともあり、生徒の姿はない。


「ここでなにを証明するの? 私は勉強があるから早く帰りたいし、ウーゴだって畑仕事や弟妹きょうだいの世話があるのよ」


 ミアの不満に、テオは「ちょっとだけ! すぐ終わるから」となんとかなだめる。

 ライセンスカードを見せてもいいけど、それより"能力"を見せた方が説得力があるだろう。そう考えたテオは、二人の前でわずかに屈み、走る用意をする。


「行くよ!」


 テオは大地を蹴って駆け出した。両足の踝から炎が噴き出し、凄まじい速度で空き地を横切る。

 あまりの速さに風が巻き起こり、ミアの髪を激しくなびかせた。

 一瞬、なにが起こったのか分からなかったミアとウーゴだが、遠くで手を振るテオを見て、言葉を失った。

 戻ってきたテオに、ミアが「なに!? 今の?」と興奮して尋ねる。


「【神獣の実】の力だよ。僕、【実】を食べて能力者になったんだ」

「能力者……」


 ミアは信じられない様子だ。テオは空き地のはしに置いた自分のバッグを取りに行く。

 バックを手に戻ってきたテオは、ミアとウーゴの前でバックの中に入っている物を取り出した。


「これは、たまたま手に入れた【神獣の実】なんだけど……」


 そこにあったのは二つの木の実。一つは青く美しい実で、もう一つはダークグレーのゴツゴツした形の実だった。


「嘘……そんなはずない。【神獣の実】なんて、簡単に手に入らないってお父さんが言ってたもの。それが二つ……いいえ、テオが食べた分を入れたら、三つあることになるじゃない。そんなことあり得ないわ」


 信じようとしないミア。それはそうだろうとテオは思った。

 神獣の実が入手困難なことは、誰でも知っている常識だ。その【実】がいくつもあったら不審がるのは当然だろう。


「これは本物だよ。南の海岸沿いで、何個も見つけたんだ。本当に運が良かった」


 テオはハハハと頭を掻く。海岸は裏山のさらに向こうにある。けっこう距離はあるものの、行けない場所ではなかった。

 そこで見つけたと言えば信憑性が上がると思ったが、ミアは怪訝な表情でテオを見つめてきた。


「僕が能力を使ったところを見ただろ? これも本物だって」


 二人はまだ信じられないらしく、なんと言っていいか分からないようだ。


「ミアとウーゴにお願いっていうのは、冒険者になって僕とパーティーを組んでほしいんだ。そうしなきゃ受けられない依頼があるから……とにかく、お願いを聞いてくれるなら、この【神獣の実】は二人にあげるよ。実の力を使えばギルドの登録も可能だし、ね! いいでしょ!」


 テオの必死に説得に、ミアはフルフルと首を横に振る。


「バカなこと言わないで! そんなの変わった形の果物かもしれないし、食べたらお腹を壊すかもしれない。絶対に食べないし、冒険者にだってならないわ!」


 ミアの強い言葉に、テオはたじろぐ。やはり現実的なミアに、こんな頼みをするのは無謀だっただろうか? 

 しかし、引くわけにはいかない。


「お願いだよ、ミア、ウーゴ! 今回の一回だけでもいいんだ。協力してくれないかな? パーティーじゃないと受けられないんだ。どうしてもこの依頼は参加したい。だからお願い!」


 両手を合わせるテオ。ミアは態度を崩さなかったが……。


「いいよ、テオ。僕は協力するよ。困ってるんでしょ?」


 ウーゴがボリボリと頭を掻きながら前に出る。テオは顔を上げ、ウーゴを仰ぎ見た。その優しい表情が、まるで神様のように輝いて映った。


「ちょ、ちょっと! ウーゴ、分かってるの? こんな変な【実】を食べたら、体にどんな影響があるか分からないのよ」

「テオが大丈夫って言うなら、僕は信じるよ。こっちのゴツゴツした方を食べればいい?」


 ウーゴはテオから【アダマスの実】を受け取り、服で軽くいたあと、バクッと実にかじりつく。

 ムシャムシャと実を食べるウーゴを、ミアは眉間にしわを寄せながら見つめていた。


「うん、味はしないけど、特に問題はないみたいだよ」

「良かった。じゃあ、ウーゴ。全身に力を入れてみて。【アダマスの実】は力を入れてる間だけ能力が発動して硬化するみたいなんだ。けっこう難しいらしいんだけど、がんばってみて」

「分かったよ」


 ウーゴは足を肩幅に開き、腰をわずかに落として全身に力を入れる。

 すると、ウーゴの体はあっという間に黒く染まった。テオは「凄い!」と喜び、ツンツンとウーゴの腕をつつく。

 間違いなく鋼鉄の体になっていた。


「やったよ、テオ!」

「うん、すぐに能力が発動するなんて……ウーゴに向いてる【神獣の実】だったのかもしれないね」


 テオとウーゴが喜ぶかたわらで、ミアは絶句し、固まってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る