第29話 氷の能力

 傍若無人に暴れ回る神格獣に、討伐隊は手も足も出なかった。

 テオはなんとか加勢に行こうとするものの、騎士団や冒険者たちは混乱におちいり、人垣が行く手をはばむ。


「くっ……どうすれば」


 テオが二の足を踏んでいると、大きな声が響き渡る。ライアンの声だ。


「落ち着け! 全員で囲い込めば倒せない相手じゃない!」


 ライアンの雄々しい声に、浮き足だっていた騎士団や冒険者たちは落ち着きを取り戻す。


「私が先陣を切る! 他の者はあとに続け!!」


 ライアンは鉱山の入口から飛び降り、まっすぐふもとに落ちてくる。振り上げた剣に、キラキラとなにかが集まっていた。


「あれは……」


 テオは目を凝らしてよく見る。ライアンが下にいたデルピュネー目がけて剣を振り下ろすと、魔獣の腕を切り裂いた。

 その瞬間――傷を負った手から氷塊が噴き上がる。


「ギィアアアアアアアアアアアア!!」


 デルピュネーは絶叫し、蛇の胴体をうねらせて後退した。ドンッと着地したライアンの足元にはキラキラと輝く氷が広がっている。

 テオはライアンが持つ"剣"に注目した。


 ――氷のアーティファクトか!? でも、それにしては威力が強すぎるような気も……。


 地面に着地したライアンは剣を構えて魔獣を睨む。デルピュネーは自分の右手で凍った左腕を掴み、そのまま引きちぎった。

 傷口から血が噴き出すものの、すぐに止まり、血の代わりにモコモコと肉腫が盛り上がる。

 あっという間に左腕は元通りとなり、問題なく動いていた。

 その様子をライアンは平然と見つめていたが、遠くから見ていたテオは絶句する。


「あ……あんなに早く傷が再生するなんて……」


 魔獣の中に再生能力が高いものがいることは知っていたが、実際に見れば、それがいかに理不尽なのかが分かる。

 テオの足は動かなかった。本来なら、今すぐにでもライアンを助けに行くべきだ。

 分かっているのに足が重い。それはテオだけでなく、ミアやウーゴも同じだ。

 完全に空気に飲まれ、動けなくなっている。


 ――初めて受けた討伐依頼で、こんなに強い魔獣を相手にしてるんだ。ミアとウーゴが平常心でいられる訳がない。


 動けないテオたちにできるのは、ただ現状を見守ることだけ。

 テオは目を凝らし、ライアンの戦う様を目に焼き付けようとした。

 ライアンはゆっくりと剣をかかげる。剣の周囲にキラキラとした氷の結晶が集まり出す。デルピュネーが反応し、蛇行しながらライアンに迫った。

 危ない! と思った瞬間――ライアンの周りに氷塊が現れた。

 氷塊はすぐさま形を変え、四方八方に伸びる氷柱つららとなる。切っ先の鋭い氷柱つららはデルピュネーの腹をかすり、出血させるが、魔獣は止まることなくライアンに襲いかかった。

 魔獣の爪とライアンの剣が交錯した瞬間、氷の結晶が辺りに飛散する。

 それは離れた場所にいた、テオでさえ寒さを感じるほどだった。


「す……すごい」


 テオは戦いに目を奪われ、興奮して手を握り込む。そしてあることに気づいた。


「あれは、精霊種【フラウの実】だ! 希少性三つ星の能力だよ!!」

「な、なに? 【フラウの実】って?」


 テオの隣にいたミアが戸惑いながら聞いてくる。


「ミアが食べた【ウィンディーネの実】と同じ"精霊種"と呼ばれる【神獣の実】だよ。氷の魔法を使いこなせるから、戦いでは凄く有利になるんだ!」

「じゃあ、私と同じように、物理攻撃は受けつけないってこと?」


 ミアが質問すると、さっきまで笑顔で話していたテオの表情が曇った。


「いや……【フラウの実】は同じ精霊種でも、ミアが食べたものとは違うよ。精霊の力は使えても、体や身につけているものを

「え?」


 ミアはいまひとつ状況が飲み込めず、テオの顔を凝視する。


「どうして? 精霊種って、体が水や炎になるんじゃないの?」

「それは精霊種の中でも一部のものだけだよ。"氷"や"嵐"のように攻撃力の高い精霊は防御力が低いんだ。だからライアンさんも怪我をしたら……」


 ミアはゴクリと生唾を飲む。


「……そのまま、死んじゃうかもしれないってこと?」


 テオは無言で頷いた。ミアは視線を戦場に戻す。ライアンは必死で剣を振るい、魔獣はその攻撃を四本の腕で防いでいた。

 いくら【能力者】でも、一人では厳しい。

 テオとミアがそう思った時、歓声が上がった。周りにいた騎士団や冒険者たちが、武器を振り上げ、魔獣に向かっていく。

 ライアンの奮闘に刺激され、闘争心に火がついたのだ。

 雪崩れ込んでいく人々に、魔獣も触発され唸り声を上げる。


「シャアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 デルピュネーはで騎士団をなぎ払う。さらに蛇の胴体をうねらせ、十人以上の人々をまとめて吹っ飛ばした。

 恐ろしいほどの強さ。それでも突っ込む人々は止まろうとしない。

 テオも加勢したかったが、魔獣の周りはとてつもない混戦状態。とても入り込める隙がない。


「テオ!」


 ミアの声でハッとする。視線を走らせると、アメリアさんたちのパーティーも魔獣に迫っていた。

 B級とC級で構成されたメンバーと聞いているので、相当強いはずだ。

 それぞれが持つ『アーティファクト』の武器がその力を解放する。アメリアさんの剣は炎灯し、魔獣の蛇腹に切り込む。

 杖を持った冒険者は稲妻の弾丸を放ち、魔獣の動きを止めた。

 他の冒険者たちも次々に攻撃を仕掛ける。やはり強い。連携も取れていて、アメリアさんが急に入ったとは思えなかった。

 騎士団も負けてはいない。全員が一気呵成に攻撃を畳みかける。魔獣も嫌がり、徐々に押し込まれていく。


「い、いける。これなら勝てるんじゃ……」


 テオがかすかな希望を抱いた時、突如爆発が起きた。騎士団や冒険者の多くが吹っ飛び、絶叫がこだまする。

 テオは訳が分からず絶句した。


 ――なんだ!? 今、魔獣が爆発したような。


 粉塵と煙が辺りを覆い、アメリアさんたちがどうなったかも分からない。テオたちは駆け出し、助けに行こうとした。 

 だが、混乱と恐怖で逃げようとする冒険者に行く手を阻まれる。


「うっ……くそ! アメリアさんたちを助けなきゃいけないのに!」


 テオが人垣に揉まれていると、広がった煙が徐々に晴れてくる。

 見えてきたのは信じられない光景。

 テオを始め、ミアやウーゴ。周囲にいる騎士団や冒険者でさえ、言葉が出ない様子だ。

 人々の眼前にそびえ立っていたのは、巨大な神格獣・デルピュネー。元の大きさの、優に十倍以上はある。

 その姿を見た瞬間――テオはデルピュネーがなんの【実】を食べたのか分かった。


「間違いない! あれは……【ギガントの実】だ!!」

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