11話
完全勝利
「……ふざけるな……お前には慰謝料も何もかもびた一文も渡さん!
こんな真似をして……名誉毀損で訴えてやるからな!」
皆からのドン引きの視線と屈辱に耐えられなくなったのだろう。
義父は血管がはち切れそうな程の怒りをあらわにして、私を怒鳴り続けた。
あまりのキレっぷりに、義父を問いただそうとしていた義母も固まっている。
このままじゃ話し合いにもならない。
落ち着いてもらうためにも、私は新たなカードを切ることにした。
その前に、花梨とその両親には一度席を外してもらうことにする。
私と篠田さん、そして和真たちだけとなった空間で、早速切り出す。
「見てもらいたいものがあるんです。これ、何か分かりますよね?」
スクリーンに映し出されたものと、私が掲げた資料を見比べて、義父が声を上げる。
「それは……会社の決算書類だな!?
お前、勝手に持ち出したのか!?」
「何ですって……!?」
「は……書類……!?」
それを聞いた和真たちの顔色も変わる。
この人たち、今この瞬間まで大事な書類がなくなっていることに気づいていなかったんだ。
「一体何のつもりだ!?
お前のような馬鹿女には決算書なんて読めもしないだろう。早く返せ!」
「あら?」
私はわざとらしく首を傾げた。
「私が会計事務所に勤めていたことって、お話していませんでしたっけ?」
すると義父の顔色が変わった。
「不審な点が多くて、個人的に調べさせて貰いました。
粉飾決済に不正融資……親族経営をいいことに色々と不正を行っているようですね。
然るべきところにこれを提出したら、きっと会社もただでは済まないでしょうね」
「……脅しか?」
「いえ、事実を述べたまでです」
書類が私の手元にあるということは、十分な脅威なのだろう。
こちらを睨みつける義父の顔は強ばっている。
「……言っておくが、こちらの方から窃盗罪で訴えることも可能なんだぞ」
「そうしたいならどうぞお好きに」
脅し返そうとしてくるけれど、私が書類を保有する限りそんなことはできないだろう。
義父は苦々しい顔で黙り込んだ後、口を開いた。
「……分かった、慰謝料は言い値通りの500万払う。
和真との離婚も認める。だから書類は返して貰おう」
「請求額は300万です。
岩瀬花梨さんの分の200万は、本人からの支払いしか受付けません。
あと、彩の親権は私が取ります。
和真には毎月の養育費も払って貰います」
「雪! お前な……」
「和真。それでいいな?」
和真の声を遮って、義父が威圧的に言う。
その鋭い眼光を受けた和真は、少しの逡巡の後でこくりと頷いた。
「それから、以前使い込んだ私の父の遺産がありますね。
あれも全額返還して下さい」
「……あれはうちのリフォームのためで、同居の嫁もその恩恵を受けたはずだろう」
「そもそも無理やり取り上げられ、許可もなく使われたお金です。
私は望んでいませんでした」
悔しげにギリギリと歯を噛み締めながらも、結局義父はそれも承知した。
「アナタ……こんな女の言いなりになんて……!」
「お前は黙っていろ!」
会社の不正の情報をリークされたら、義父は逮捕される可能性だってある。
私の出す条件を全て飲んで大金を払ってでも、それは避けたいのだろう。
「……これで書類は返すんだろうな」
「はい。
とはいえここにあるのはコピーなので、離婚の成立と入金が確認でき次第原本をお返しします。
……とはいえ、あなた方にはまだ肝心なことをしてもらっていません」
怪訝そうな顔をする義父たちへ言う。
「謝罪です。
私はあなた方に散々苦しめられてきましたが、一度も謝罪して貰ったことはありません」
揃って真っ赤な顔になる顔と、ギリギリと歯を噛みしめる音。
今まで散々見下してきた嫁にこんなことを言われて、悔しくてたまらないのだろう。
それでも義父は、会社と地位の存続のために立ち上がって頭を下げた。
「今まで……申し訳なかった」
さすがに土下座をするのはプライドが許さなかったらしい。
義父の姿を見て、渋々といった様子で義母と和真も頭を下げる。
「今まで……ちょっと言い過ぎたところもあったわね。ごめんなさい」
「ごめん……俺、雪に甘え過ぎてた」
「せめて謝罪には敬語を使うべきではないでしょうか」
私が言えば、またもや揃って屈辱に歯を噛みしめるけれど。
「……大変申し訳ありませんでした……」
結局、揃って深々と頭を下げるのだった。
書類を返して貰いたいがための謝罪で、反省なんてきっとしていないのだろう。
でも……今ここでできる最善手は全て出し切った。
「では後ほど、協議書へのサインをお願いします」
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