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待ち合わせ時間の少し前に、指定の喫茶店に入る。
相手はすでに着席していて、目が合うと控えめな会釈が返ってきた。
「すみません、お待たせしました……お義兄さん」
それは、離婚前……私たちがまだ義実家を出る前のことだった。
弁護士に依頼をするために普段は寄り付かない街の方まで出てきたその帰り道、すれ違い様に誰かと肩がぶつかった。
「……すみません」
「いえ……」
振り向いたその男性と目が合った。どこか見覚えのある顔をしていた。
驚いたように目を見開いているその姿は……「……もしかして、お義兄さん……ですか?」
「……お久しぶりです、雪さん」
その人は、失踪していたはずの義兄だった。
義兄は最近この辺りに引っ越してきたのだと言った。
かつて義実家にも家族も捨てる覚悟で家を出たけれど、やはりどうしても気がかりとして残り続けていた。
しかし今さらどのツラ下げて戻ればいいのかと、義実家の門を叩くことができないままでいた。
これは私も初耳の出来事だった。
1回目の時だって義兄が戻ってくることなんてなかったから、想定もしていなかった。
失踪していた義兄が帰ってきたなんてことになったら、間違いなく義実家は混乱する。
とにかく、離婚の話が進む前に余計なゴタゴタは避けたかったから、義兄にはもう少しそのままの状態でいてもらえるように頼んだ。
そして私は、和真たちの預かり知らぬところで義兄と連絡を取り合っていたのだ。
「あの……雪さん。
この度は弟と両親が許されないことをして……本当に申し訳ありませんでした」
「……お義兄さんに謝ってもらうことではないですから」
義兄には、和真との離婚を伝える連絡をした際に、その原因についても簡単に説明していた。
そう答えながら、もうこの人は“義兄”ではなくなったのだとぼんやり考える。
これからは義兄のことを名前の“和也さん”と呼ぶことの了承を得てから、私は本題を切り出した。
「今日お呼びしたのは、これをお見せするためです」
和也さんに向けて差し出したのは、義父の会社の不正の証拠書類。そのコピーだった。
原本は返したけれど、書類のコピーとスキャンしたデータはまだ私の手元に残していた。
だって原本は返すように言われたけれど、示談書にもどこにもコピーについては書かれていなかったから。
それに口外禁止の文言だってあえて取り入れなかった。
「これが……まさか本当に……」
私が渡した書類を食い入るように見つめる和也さん。
「……不正を改めるどころか、もっと酷いことになってるじゃないか……」
和也さんが会社にいた頃から、細々と不正は行われていたらしい。
和也さんがいくら忠告しても辞める気配はなくて、それを含めた諸々のことに限界を迎えて、和也さんが家を出ることに繋がったという。
「コピーもデータも全てお渡しします。
和也さんのご自由にお使いください」
私の言葉に、和也さんがハッと顔を上げる。
「それは……俺が、父さんたちを告発するってこと……?」
「使い方はお任せします。
見なかったことにしてゴミ箱に捨てたって構いません。
私はもうただの他人なので……どうこう言うつもりもないし、今後一切関わりません」
この書類を、和也さんがどうするのかは分からない。
けれど過去に戻って、私が未来を変えられたように。
この人の未来も、前回の人生とは何かが変わるのかもしれない。
これはあの人たちへ、私からの最後の意趣返しだ。
「……分かった。受け取らせて貰うよ」
和也さんはしばし考え込んだ後、そうゆっくりと頷いたのだった。
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