第2話
もう一度やり直せたら
離婚になっても彩のことだけは諦めたくなくて、何度も説得を試みた。
けれど彩は「パパたちとくらす」と意見を曲げることはなくて。
それどころか、私のことを敵のように睨みつけるのだった。
「ママなんていらない、いなくなれ、早くどっか消えちゃえ」
最愛の娘からそう言われ続ける日々は、容易く私の心を壊していった。
その時彩は8歳で、まだ親権者を自分で選べる年齢ではない。
だから調停や裁判をして争えば、彩の親権を獲得することだってできたのかもしれない。
けれど……泣いて叫んでまで私を「いらない」と拒絶した彩。
私にはもう、母親としての自信がなかった。
悪いのは周りの大人たちであって、彩に罪はない。
そう分かっていたはずなのに、ボロボロになった心は、頭は、もはやそれを理解することすらできなかった。
彩と向き合うことも、和真たちと戦うことも諦めて、結局私は負け犬のように惨めに逃げ出したのだった。
♢
和真との離婚が成立し、私に残ったものは「もう俺たちに関わるな」と手切金代わりに渡されたお金だけだった。
私は生きる意味さえ見失って、廃人のように人生の底で息だけをしていた。
そんな日々を過ごしていたある日、私の癌が発覚した。
ろくに検診にも行かなかったために発見が遅れ、気づいた時にはあちこちに転移して手遅れの状態だった。
けれどもうどうだって良かった。だって私の人生は、死んでいるも同然のものだったから。
すぐに入院が決まり、治療の影響で髪は抜け落ちた。
食事もまともにとれなくて、ただでさえやつれていた体はより一層見窄らしく痩せほそっていった。
絶え間ない痛みを感じながら、迫ってくる死を待つ……そんな私の元にとある人がやってきた。
「……雪、ちゃん……?」
それは、父と再婚して一時期は私の継母であった
再婚は私が高校生の頃で、表面上はいい関係を築けていたと思う。
でもどうしても私は“本当のお母さん”と思えるまでに心を開くことができなくて、
この人との養子縁組だってしていなかった。
だから父の死後、私たちの関係は他人に戻って、もう殆ど関わることもなくなっていた。
けれど優子さんは、私の姿を見るなり泣き崩れた。
「どうしてこんなことに……どうして……!」
悔しそうに、辛そうに泣いてくれる優子さんを前にしても、壊れた私の心が動くことはなかった。
その後、優子さんは甲斐甲斐しく入院の世話をしてくれた。
「雪、これ……今日のやつ」
そして、優子さんの息子である
父が存命中は、一歳上の旭と私は義理の兄弟だった。
死後は、優子さんと同じように疎遠になっていたけれど。
旭は来るたびに色々な見舞い品を持ってきた。
そして、常に私を励まし、大した反応もしない私に、たくさん語りかけた。
私の容態は悪化していくばかりで、日中のほとんどをベッドの上で過ごすようになっていた。
そんな私を見ながら、旭は強い後悔の滲んだ顔で言った。
「……こんなことになるくらいなら、いっそ俺が……」
ああそうだ、私は……彼との未来を夢見たこともあったっけ。
日に日に体が動かなくなっていく。
きっとすぐそこまで死が迫ってきている。
霞がったような頭の中で、考えたのは彩のこと。
あの子は、今はもう16歳か。
どんな風に成長したんだろう。
背は伸びた?
苦手なピーマンは食べられるようになった?
どうか最後に一目でも……あの子に会いたい。
その願いを叶えるように―――彩は病室にやって来た。
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