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私の身長を追い越すくらいに背が伸びて、すっかり顔つきも大人びたけれど、そこにいたのは確かに私の娘だった。


そして彩は、私と目が合うなり涙を流した。


「……おかあ、さん……」


そこに浮かぶのは動揺と後悔。


「……ごめんなさい……!」


泣きじゃくるその顔は、幼い頃のままだった。


あの家から私がいなくなった後のことを、彩は語った。


花梨あの人が優しかったのははじめだけ。

表面上はいいお母さんの皮を被っていても、2人きりになった時なんて酷いものだった。

それに弟ができてからはみんなが弟を優先して……私は簡単にいらない子になった」


「成長して、色んなことが分かるようになってきたら、過去のことをおかしいと思うことが増えていった。

でも、それ以上深く考えることが怖かった。

きっと……自分が何をしたのか自覚してしまうから」


「ある日、私はあの人と言い争いになって、その拍子につい言ったんだ。

“アンタなんて、本当のお母さんでもないくせに”

そうしたらあの人は……」


“本当のお母さんは、アンタが自分で追い出したんじゃない”


「あの人はそう言って、嗤いながら真実を私に話した。


本当は……お母さんは何も悪くなくて、おばあちゃんやお父さん……周りの人たちが嘘をついて、ずっとお母さんを悪者にしていたんだって。

それなのに私は、それを信じ込んでお母さんに酷いことをした。許されないことをした。

後悔したところでもう遅かった」


「それからは誰も信じられなくなって、許せなくて、私はますますあの家で孤立していった。

そんな時、旭さんって人からの連絡で、お母さんが病気で入院してるって知ったの……」


「……私は私が許せない……!

みんながお母さんを追い詰めて、私は……私だけは、お母さんの味方であるべきだった。

どうして、私はあんなに馬鹿だったんだろう……」


話す間、彩はずっと泣いていた。

強い後悔が滲み、血が滲むほど手のひらを握り込んで。


彩を責める気にはなれなかった。だって、彩はあの頃まだたった8歳。

悪いのは、そんな幼い子どもに洗脳じみた悪意を吹き込んだ周りの大人たちだ。

そして、そんな人たちから彩を取り戻せなかった私のせいだ。


私は重たい片手を持ち上げて、彩の手に重ねた。


「……会いに来てくれて、ありがとう……」




それから彩は、頻繁に私の病室を訪れた。

私は多くを話せなくなっていたけれど、その分彩が色々なことを話して聞かせてくれる。

私たちはこれまでの空白を埋めるように、寄り添って過ごした。


けれど、そんな日々も長くは続かなかった。


容態が悪化してからはあっという間で。

私の命は今にでも消えかけていた。


病室に響く心電図の音。

体が自分のものではないかのように動かなくて、襲いくるのは激しい眠気にも似た感覚。


「……お母さん……!

やだ、いやだよ……やっと会えたばっかりなのに……!」


彩が私の手を握りしめている。


私はもう、泣き叫ぶこの子のことを抱きしめてあげることもできない。


「ごめんなさい……ごめんなさい……私が全部悪かったの……だから、死なないで……!」


―――私たちは、どうしてこうなってしまったのだろう?


私がもっと強ければ……あの人たちから、もっとちゃんと彩を守り抜けていたら。

どんなに拒絶されても、何がなんでも彩を取り戻して……2人で生きていく道を選んでいたら。


どんなに後悔したって、失った時間は取り返せない。


……ごめんね、彩……。


閉じた瞼の上、後悔は一筋の涙となって溢れていった。


どうか、どうかもう一度だけやり直せたなら―――今度は絶対この子を離さないのに。











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