2
いつの間にか日が落ちて、辺りが暗くなり始めていた。
「何名さまですか?」
「2名です!」
最後の締めに乗ることを決めた観覧車。
私が口を開くより前に、彩が係員さんにそう答えたかと思うと、優子さんを連れてさっさと乗り込んでしまう。
「え……彩!?」
4人で乗ろうって言っていたはずなのに。私は焦って彩を呼ぶ。
「私たちは先にいくね!
お母さんも旭くんと2人できてねー」
「お先に行ってくるわねー」
バタンと閉まるドア。
思わず旭と顔を見合わせる。
「……とりあえず、俺たちも乗ろうか」
「そ、そうだね……」
予想外に2人きりとなった観覧車内は、思ったよりも狭く感じる。
何だか妙に緊張して、私は窓から小さくなっていく景色を眺めていた。
「雪とまた会えるようになってから今まで……何だか時間が過ぎるのがあっという間に感じるよ」
私は旭に向き直る。
「そうだね、本当にあっという間……」
和真と離婚して、彩と2人で暮らせるようになって……優子さんと旭もそばにいて。
楽しい日々だからこそ、きっとこんなにあっという間に感じるんだ。
「彩ちゃんもこの1年で随分大きくなった。
成長っぷりを見てると、俺にも娘がいたらこんな感じだったのかってたまに思うよ」
私と目が合うと、旭は目を細めた。
「……俺が結婚しなかった理由は前に話したよね」
旭は子どもができない体で、それが原因で結婚目前だった恋人と別れた経験がある、と前に聞いた。
「……でも」旭が言う。
「理由はそれだけじゃなかった」
「俺さ、」そっと目を伏せる旭。
「嘘ついてた。
雪のこと……ただの妹なんて思えたこと今まで一度もなかった」
「え……?」
旭の言葉に、ドクンと胸が高鳴る。
「高校生だったあの頃から、義理とはいえ兄妹だから……そう自分に言い聞かせてたんだ」
「……それ、って……」
心臓の音が痛いくらいに響いて、声が震える。
そんなの、どうしたって期待してしまう。
―――この人も、私と同じ気持ちなのだと。
「本当、困ったよ」
少し眉を下げて、旭が微笑む。
「初恋って、中々消えてくれないのな」
“あなたたちはきっと、一緒に住んでいたあの頃から想い合っていたのね”
優子さんの声が、頭の中で蘇った。
「……あさひ……」
「―――好きだよ、雪」
まるで切り取られたみたいに、世界から音が消えた。
見えるのはただ目の前のこの人だけ。
「俺と結婚を前提に付き合ってもらえませんか」
もう降参だ。溢れ出るこの気持ちに正直になろう。
真剣な表情で、けれど少し頬を染めて言う旭のことがたまらなく愛おしかった。
涙で滲む視界の中、私は答える。
「私も、旭のことが―――」
かつて、全てを奪われた惨めな女はもういない。
彩と2人で過去に戻り、切り開いた新しい人生。
私たちはかつて奪われた分だけ、それ以上にこれからも幸せに生きていく。
―――そして。
新しい家族の形ができるのは、きっとそう遠くない未来の話。
〈Fin〉
母と娘の再生録〜私たちは、奪われた時間を取り戻す〜 都築七美 @nnm318
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