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いつの間にか日が落ちて、辺りが暗くなり始めていた。


「何名さまですか?」


「2名です!」


最後の締めに乗ることを決めた観覧車。

私が口を開くより前に、彩が係員さんにそう答えたかと思うと、優子さんを連れてさっさと乗り込んでしまう。


「え……彩!?」


4人で乗ろうって言っていたはずなのに。私は焦って彩を呼ぶ。


「私たちは先にいくね!

お母さんも旭くんと2人できてねー」


「お先に行ってくるわねー」


バタンと閉まるドア。

思わず旭と顔を見合わせる。


「……とりあえず、俺たちも乗ろうか」


「そ、そうだね……」



予想外に2人きりとなった観覧車内は、思ったよりも狭く感じる。

何だか妙に緊張して、私は窓から小さくなっていく景色を眺めていた。


「雪とまた会えるようになってから今まで……何だか時間が過ぎるのがあっという間に感じるよ」


私は旭に向き直る。


「そうだね、本当にあっという間……」


和真と離婚して、彩と2人で暮らせるようになって……優子さんと旭もそばにいて。

楽しい日々だからこそ、きっとこんなにあっという間に感じるんだ。


「彩ちゃんもこの1年で随分大きくなった。

成長っぷりを見てると、俺にも娘がいたらこんな感じだったのかってたまに思うよ」


私と目が合うと、旭は目を細めた。


「……俺が結婚しなかった理由は前に話したよね」


旭は子どもができない体で、それが原因で結婚目前だった恋人と別れた経験がある、と前に聞いた。


「……でも」旭が言う。


「理由はそれだけじゃなかった」


「俺さ、」そっと目を伏せる旭。


「嘘ついてた。

雪のこと……ただの妹なんて思えたこと今まで一度もなかった」


「え……?」


旭の言葉に、ドクンと胸が高鳴る。


「高校生だったあの頃から、義理とはいえ兄妹だから……そう自分に言い聞かせてたんだ」


「……それ、って……」


心臓の音が痛いくらいに響いて、声が震える。


そんなの、どうしたって期待してしまう。

―――この人も、私と同じ気持ちなのだと。


「本当、困ったよ」


少し眉を下げて、旭が微笑む。


「初恋って、中々消えてくれないのな」


“あなたたちはきっと、一緒に住んでいたあの頃から想い合っていたのね”

優子さんの声が、頭の中で蘇った。


「……あさひ……」



「―――好きだよ、雪」


まるで切り取られたみたいに、世界から音が消えた。

見えるのはただ目の前のこの人だけ。


「俺と結婚を前提に付き合ってもらえませんか」


もう降参だ。溢れ出るこの気持ちに正直になろう。

真剣な表情で、けれど少し頬を染めて言う旭のことがたまらなく愛おしかった。


涙で滲む視界の中、私は答える。


「私も、旭のことが―――」



かつて、全てを奪われた惨めな女はもういない。

彩と2人で過去に戻り、切り開いた新しい人生。

私たちはかつて奪われた分だけ、それ以上にこれからも幸せに生きていく。


―――そして。


新しい家族の形ができるのは、きっとそう遠くない未来の話。



〈Fin〉

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母と娘の再生録〜私たちは、奪われた時間を取り戻す〜 都築七美 @nnm318

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