2
すっかり眠り込んでしまって、気づけばもう夜になっていた。
「……うわぁ……」
マナーモードにしていたスマホには、すごい数の着信履歴とメッセージが残っていて、思わず顔が歪む。
まず、イベントから帰ってきて私たちの不在に気付いた義母からの着信。
しかし私が全く電話に出ないことにしびれを切らして、和真に連絡をしたのだろう。
『主婦のくせにどこをほっつき歩いてる?
夕飯の支度はどうしたんだよ。
彩もいないらしいけど、お前たち一緒にいるのか?
母さんも怒ってるぞ、早く帰れ!』
そんなメッセージが届いていた。
それから……ようやく置いていった離婚届に気付いたのだろう。
『おい! 机に離婚届が置いてあったってどういうことだよ!
お前なにふざけてるんだよ!
いいから早く電話でろ!』
『母さんから、お前と彩の荷物がなくなってるって。
おい、まさか本当に出ていったのか?』
『どうせ離婚なんてする覚悟もないくせにあんまり調子乗んなよ。
今なら土下座で許してやるから早く戻ってこい』
そして―――私からの
そこから格段に義母と和真からの連絡数が多くなった。
『内容証明って何だよ。
お前、弁護士なんて雇ったのか!?
一体どこにそんな金隠し持ってたんだ』
そう、義実家に送ったのは弁護士事務所からの内容証明郵便。
その中身は、不倫……不貞行為に対する慰謝料の請求、そして離婚と彩の親権の要求を記した通知書だ。
この間、頼りになる男性弁護士と契約を結んだ。
そして作成してもらったそれが、今日の夜に届くようにしたのだ。
『お前なんか勘違いしてるよ。俺は不倫なんかしてない。
慰謝料とかふざけんなよ!
払うわけないだろ!
嫁の分際で調子乗んなクソ女!』
『なあ、離婚なんて冗談なんだろ?
そろそろ洒落にならなくなるって……撤回するなら今のうちだぞ?』
『電話でろ電話でろ電話でろ電話でろ電話でろ電話でろ電話でろ電話でろ』
「……本当、すごい数」
一応、この時間なら仕事中のはずじゃないの?
和真からのメッセージにざっと目を通したけれど、全く反省の色もないし、不倫については完全にシラをきるつもりだ。
「お母さん、お父さんたちなんだって?」
寝起き後のトイレから帰ってきた彩が、私に尋ねてくる。
「うん、予想通りといえば予想通りかな……」
「ちょっと見せて」と彩がスマホの画面を覗き込んでくる。
「……うっわぁ……何これ。
この後に及んでまだこんなこと言えるんだ」
ドン引きの表情で彩が言う。
「何ていうか……お父さんて、本当にクズ野郎だね。
あ、また電話かかってきてる」
私がメッセージを読んだことに気付いたらしい和真から、またばんばん電話が入り始めた。
これ以上和真の暴言を見聞きさせるのは悪影響にしかならないだろうと、彩には優子さんたちのいるリビングに移動してもらうことにする。
1人になったところで、再びかかってきた和真からの着信に応答した。
「……もしもし」
『……あ……っ、おま、雪! 何回かけたと思ってんだ!
無視してんじゃねえよ!』
開幕早々、耳元で響く怒号に思わずスマホを耳から離した。
『ていうか何だよ内容証明って!
離婚!? 慰謝料!?
ふざけんじゃねえってお前よお!』
「ふざけるも何も、全て弁護士を通した正当な要求です」
怯むことなく冷静に言葉を返せば、和真は一瞬言葉に詰まったようだ。
『……そ、そもそも弁護士って何だよ大袈裟だろ。
それに俺は不倫なんてしてないからな。
何を勘違いしたのか知らないけど、こんな大事にして恥かくのはお前だぞ』
「…………」
『今すぐ“全部私の勘違いでした”って頭下げに戻ってくるなら特別に許してやるから。
なあ、お前も本当は離婚なんてする気ないんだろ……?』
私が黙っているのを言いことにペラペラと御託を捲し立てる和真。
私はすうっと息を吸い込んだ。
『ほら、意地張ってると後悔するぞ……』
「―――岩瀬花梨」
電話越しに、和真がひゅっと息を呑む音がした。
『……は……?
い……いや、違うってそれは……仕事上!
ただの仕事上の付き合いで……』
「もう、全部知ってるから。
言い逃れできると思わないで」
―――さあ、ここからは反撃の時間だ。
「妻子がいながら不倫をしたあなたに対して……離婚と慰謝料を要求します」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます